「楡馬」版−競馬辞典

―― レース編 ――
last update 07/05/01


<た>
【ダービー】【ダービー卿チャレンジトロフィー】【ダービーグランプリ】【ダイオライト記念】【ダイヤモンドステークス】【高松宮記念】【高松宮杯】 【宝塚記念】【七夕賞】
ダービー (だーびー)
本来、“ダービー”と言えばイギリスはエプソム競馬場で行われる“The Derby”のことであり、日本で行われるものは“日本ダービー”と正しく言うべきである。が、面倒なのでこの辞典においても単に「ダービー」という表記が多数見受けられるが気にしないように…。
競馬新聞などの馬柱にあるレース名は「日本ダービー(東京優駿)」とよく書かれている。しかし括弧書きになるべきは“日本ダービー”の方であって、“The Derby”に相当する日本でのレースの正式競走名は「東京優駿」である。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


ダービー卿チャレンジトロフィー(だーびーきょうちゃれんじとろふぃー)
中山競馬場の芝1600mで行なわれるハンデのGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は4月上旬。 第1回は'69年に東京競馬場の芝1800mで行なわれた。この年に英国の騎手3名を招待して“英国騎手招待”というイベントが実施され、その中の1つのレースとして実施されたのが起源。 第18代ダービー卿からトロフィーを寄贈されたことからこのレース名が付けられた。'81年に中山競馬場に変更となり、'84年に芝1600mに距離短縮された。一時期、芝1200mで実施されたこともあったが、現在では再び芝1600mで実施されている。
ハンデ戦のため有力馬の参戦はあまり多くはないが、安田記念を占う一戦として重要視されている。ちなみに、レース名が長ったらしいので新聞などでは「ダービー卿CT」と略して表記されることが多い。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


ダービーグランプリ(だーびーぐらんぷり)
盛岡競馬場のダート2000mで行なわれる3歳馬限定の交流JpnTレース。実施時期は9月下旬。第1回は'86年に水沢競馬場の2000mで行なわれた。 当初はJRA所属馬の参戦は認められておらず、出走できたのは地方馬に限定されていたが、'96年に盛岡競馬場に移されたのを機にJRA所属馬にも門戸が開かれた。 '97年には交流GTに認定。2001年、JBCが新設されたのを受け、それまで11月開催だったのを9月下旬に繰り上げた。
JBC創設当初から「Road to JBC」の1つに指定されており、優勝馬にはJBCクラシックへの優先出走権が与えられる。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


ダイオライト記念(だいおらいときねん)
船橋競馬場の2400mで行なわれる交流JpnUレース。実施時期は3月中旬。第1回は'56年に1800mで3歳と4歳の牡馬限定で行なわれた。翌'57年からは牝馬にも出走資格が認められた。'61年には条件が4歳以上に改められたのと同時に2000mに距離延長された。'76年に距離が2400mに延長され現在に至っている。「ダイオライト」は英国2000ギニーの勝ち馬で、三冠馬セントライトの父。
全国交流競走になったのが'96年。以来、地方馬がJRA勢を負かしたのが4回。うち3回が地元・船橋の。しかし近年は苦戦が続いており、実力馬の登場が待たれる。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


ダイヤモンドステークス(だいやもんどすてーくす)
東京競馬場の芝3400mで行なわれるハンデのJpnVレース。外国馬4頭が出走可能な国際競走。実施時期は2月中旬。 第1回は'51年に中山競馬場の芝2600mで4月に行なわれた。'65年に芝3200mに距離延長され、'87年からは東京競馬場での実施となった。2003年の東京競馬場の馬場改修で芝3200mのコースが消滅したため、2004年からは芝3400mで実施されている。
ハンデ戦のため実力馬の参戦は殆どない。ここを走った後は阪神大賞典を経るなどして天皇賞(春)へと向かう。
ちなみに「ダイヤモンド」は4月の誕生石なので、このレースは第1回のように4月に実施されるのが本来あるべき姿である。現在のような2月開催では、まるでフェブラリーステークスを1月とか3月に実施するようなものだ。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


高松宮記念(たかまつのみやきねん)
昔は「高松宮杯」を略して「宮杯(みやはい)」と語呂良く言えたものだが、「宮記念」って、しっくりこねぇなぁ…。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


高松宮杯(たかまつのみやはい)
現在JRAが使用している競馬場で唯一戦後に設立された中京競馬場に、多くのファンを呼べるレースの創設を、ということから、皇室・高松宮家より杯を賜り行われるようになったレース。
当初は夏の中京開催の締めくくりとして芝2000mで行われていた。歴代の勝ち馬にはアイドルホース・ハイセイコー、華麗なる一族たちのイットー、ハギノトップレディ、ハギノカムイオー、隻眼キョウエイレア、クラシック競走に出られなかった腹いせに(?)出走し古馬を蹴散らしたオグリキャップなどがいた。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


宝塚記念(たからづかきねん)
有馬記念と同様、ファン投票で選出されたによるグランプリレース。開催は6月下旬の阪神競馬場・芝2200m。
時々“春のグランプリ”とか表現されるが、とても春なんて陽気のもとで行われることはなく、が汗でテカテカになるほどの日差しのもとで行われる。なんかGTの華やかさって感じられないんだよね…。'97年の出走馬だったナリタキングオーは暑さで肺出血寸前だったとか…。
どういうわけか、このレースはGTと言われても凄いと思えない。実際シンザントウショウボーイハイセイコー、ビワハヤヒデ、グラスワンダー、テイエムオペラオー、ディープインパクトなどが勝っているものの、いずれも名勝負とかで語られることもないし、シンザンの五冠の中に宝塚記念は数えられない(まぁ当時はGTなんて概念なかったし…)。記憶に残るレースと言われても、'92年の内ラチぴったりを走って3着になったオースミロッチくらいかなぁ…。
早くに国際競走になったが、外国馬が出走したことは殆どない。'97年のセトステイヤーという、日本人がオーナーになっている豪州馬くらいで、しかもそのヤネは上村洋行だった…。
last update : 2007/05/01
first entry : 2005/07/17


七夕賞(たなばたしょう)
福島競馬場の芝2000mで行なわれるハンデのGVレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は7月初旬。 第1回は'65年に芝1800mで行なわれた。第12回から第15回まで「東北記念」の名称で実施された。'80年から芝2000mに距離延長され現在に至る。
1番人気が勝てないことで有名なレース。第14回('78)カミノハヤブサが1番人気で勝った後、1番人気馬は26連敗。第41回(2005)ダイワレイダースが連敗記録をようやく止めたが、それでも1番人気の勝率はわずか12%に過ぎない。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27



<ち>
【中京記念】【中日新聞杯】【チューリップ賞】
中京記念(ちゅうきょうきねん)
中京競馬場の芝2000mで行なわれるハンデのGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は3月初旬。 第1回は'53年にダート1800mの別定戦で「中京開設記念」の名称で行なわれた。翌'54年には現在の「中京記念」に改称。'55年からハンデ戦に変更になり、'59年にダート2000mに距離延長された。中京競馬場に芝コースが敷設された'70年から芝2000mのレースとなった。
もう定年退職されたが、東海テレビの吉村功アナがこのレースでよく「まもなく中京の勝負どころ、桶狭間ポイントでありますっ」と実況されていた。懐かしい…。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


中日新聞杯(ちゅうにちしんぶんはい)
中京競馬場の芝1800mで行なわれる父内国産馬限定のGVレース。実施時期は12月上旬。第1回は'65年にダート1800mで「中日杯」の名称で行なわれたが、翌'66年には現在の「中日新聞杯」に改称。中京競馬場に芝コースが敷設された翌年の'71年から芝1800mのレースとなり、'81年から父内国産馬限定の重賞レースとなった。
2003年まで父内国産馬限定重賞競走はカブトヤマ記念愛知杯とこの中日新聞杯の3競走存在したが、父内国産馬のレベルの向上が達成されたことを理由に、カブトヤマ記念は廃止、愛知杯は牝馬限定重賞に条件変更され、現在は中日新聞杯のみが父内国産馬限定重賞として存在している。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


チューリップ賞(ちゅーりっぷしょう)
阪神競馬場の芝1600mで行なわれる3歳牝馬限定のJpnVレース。実施時期は3月初旬。第1回は'94年で現在と同じ条件で行なわれた。桜花賞トライアルに指定されている。
桜花賞と同じコース、同じ距離で行なわれるため前哨戦として非常に重要視され、実力馬の参戦も多いが、これを勝って桜花賞も制したは意外にもテイエムオーシャンのみ。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27



<つ>
該当項目なし

<て>
【TCK女王盃】【帝王賞】【帝室御賞典】【帝室御賞典競走】【デイリー杯2歳ステークス】【天皇賞】
TCK女王盃(てぃーしーけーじょおうはい)
大井競馬場の1800mで行なわれる牝馬限定の交流JpnVレース。実施時期は1月中旬。第1回は'98年に2000mで行なわれたが、2004年に現在の1800mに距離短縮された。「TCK」は Tokyo City Keiba の略で、大井競馬場のことを表している。
2006年までに9回開催して地方馬4勝と地方馬の健闘が目立つレースである。2001年には宇都宮の女傑・ベラミロードが優勝、2〜5着を地元・大井勢が占めるといった快挙もあった。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


帝王賞(ていおうしょう)
大井競馬場の2000mで行なわれる交流JpnTレース。実施時期は6月下旬。第1回は'78年に2800mで行なわれた。'86年にJRA所属馬が出走可能になったのと同時に距離が2000mに短縮された。'95年に中央・地方全国交流競走に指定、'96年に施行時期を4月中旬から6月下旬に移行、'97年に交流GTに格付けされた。中央の天皇賞のような権威あるレースになって欲しいとの意で「帝王賞」と名付けられた。
'99年は岩手のメイセイオペラが2着に4馬身差をつける圧勝、2着にも船橋のサプライズパワーが入り、地方馬のワン・ツー。しかも'97、'98年に次ぐ地方馬の3連勝を達成。交流GTに格付けされた'97年以降2006年までの10回の開催で地方馬は6勝と地方馬が底力を見せている。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


帝室御賞典(ていしつごしょうてん)
'36年まで各競馬倶楽部で行なわれていた帝室御賞典競走だったが、'23年制定の競馬法が改正され、翌'37年に全国11の競馬倶楽部が統合され、日本競馬会としての競馬が始まった。 そして「帝室御賞典競走」は「帝室御賞典」と名称を変え、春には阪神、秋には東京で開催されるようになった。これが実質的な天皇賞の第1回にあたる(第1回の勝ち馬は牡4(現馬齢表記で3歳)のハッピーマイト)。 ちなみに第1回は2600mだったが第3回から現行の春開催と同じく古馬3200mとなる。なお、「帝室御賞典」の名称は戦中までのことで、戦後は「平和賞」の名を経て、「天皇賞」と改められた。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


帝室御賞典競走(ていしつごしょうてんきょうそう)
1905年、明治天皇から賜った優勝杯をかけて「エンペラーズカップ」が横浜競馬場で行なわれる。その翌年には東京競馬倶楽部で「帝室御賞典競走」が行なわれている。当時はJRAのような統一した団体はなく、横浜・東京のほか、札幌、函館、福島、新潟、中山、京都、阪神、小倉、宮崎にそれぞれ競馬倶楽部というものが存在していた(これらは後に日本競馬会として統一される)。その各競馬倶楽部持ち回りで天皇金杯をかけてのレースが行なわれるようになったのである。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


デイリー杯2歳ステークス(でいりーはい2さいすてーくす)
京都競馬場の芝1600mで行なわれる2歳馬限定のJpnUレース。実施時期は10月中旬。第1回は'66年に阪神競馬場の芝1400mで「デイリー杯3歳ステークス」の名称で行なわれた。 '74年に芝1200mに距離短縮され、'78年に京都競馬場に移ったのを機に再び芝1400mに距離延長、さらに'97年に芝1600mに距離延長された。2001年に馬齢表記の変更に伴ってレース名が「デイリー杯2歳ステークス」に改められ現在に至る。
2歳戦は夏がJpnVどまりで、このレースが最初に行なわれるJpnU競走である。札幌・函館から小倉まで様々な地でデビューした2歳馬がこのレースへ集結することになり、それぞれの力関係を計る上で欠かせないレースと言える。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


天皇賞(てんのうしょう)
戦前の帝室御賞典競走の流れを受けて連綿と行なわれてきた日本で最も伝統あるレース。レースを勝ったのオーナーに下賜される天皇盾はレースの象徴。
天皇盾
春と秋の2回行なわれる(同じレース名で年2回行なわれるのはこのレースだけとなった)。かつては春・秋ともに3200mで行なわれていたが、グレード制が敷かれた'84年から秋の開催を2000mに短縮。これにより日本の馬産界はスピード化の傾向に。ちなみに2000m短縮となった最初の天皇賞を勝ったのは三冠馬ミスターシービー
かつては一度天皇賞を優勝したは次回から出走できないという「勝ち抜け制」の規制があった。その規制のために天皇賞連覇という概念はなかった。その規制が取り払われたのが'81年のこと。以降、タマモクロスの春秋連覇、スーパークリークの秋春連覇、メジロマックイーンの春2連覇、スペシャルウィークの春秋連覇、テイエムオペラオーの春秋春3連勝、シンボリクリスエスの秋2連覇などが達成されてきた。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17



<と>
【東海ステークス】【東京オータムジャンプ】【東京新聞杯】【東京スポーツ杯2歳ステークス】【東京大賞典】【東京盃】【東京ハイジャンプ】 【東京優駿】【ドバイワールドカップ】
東海ステークス(とうかいすてーくす)
中京競馬場のダート2300mで行なわれるGUレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は5月下旬。第1回は'84年にダート2200mで「ウインターステークス」の名称で12月に行なわれた。 '90年にダート2300mに距離延長され、'97年には「東海ウインターステークス」と改称された。2000年には施行時期が12月から5月下旬に繰り上げられ、名称も「東海ステークス」へと変更になった。
過去の勝ち馬にはナリタハヤブサ、ライブリマウント、キョウトシチー、アブクマポーロなどダートの強豪が名を連ねる。帝王賞の1ヶ月前に実施されるため、帝王賞を目指すが多く参戦する。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


東京オータムジャンプ(とうきょうおーたむじゃんぷ)
東京競馬場の芝3300mで行なわれるハンデのJGVレース。実施時期は10月中旬。このレースの前身は年2回開催だった東京障害特別。'99年の障害レース改革に伴い、春を「東京ハイジャンプ」、秋を「東京オータムジャンプ」とした。
last update : 2006/03/27
first entry : 2006/03/27


東京新聞杯(とうきょうしんぶんはい)
東京競馬場の芝1600mで行なわれるGVレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は1月下旬〜2月上旬。 第1回は'51年に芝2400mで「東京杯」の名称で行なわれた。'66年に「東京新聞杯」に改称。'68年に芝2200m、'71年に芝2000m、'84年に芝1600mと距離短縮が図られ現在に至っている。
このレース後は、スプリンターなら阪急杯などを経て高松宮記念へ。マイラーなら中山記念マイラーズカップなどから安田記念へと臨むことになる。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


東京スポーツ杯2歳ステークス(とうきょうすぽーつはい2さいすてーくす)
東京競馬場の芝1800mで行なわれる2歳馬限定のJpnVレース。実施時期は11月中旬。 第1回は'96年で、それまでただのオープン競走だった「府中3歳ステークス」が重賞競走に格上げになって出来た。翌'97年に「東京スポーツ杯3歳ステークス」に改称。2001年、馬齢表記の変更に伴い「東京スポーツ杯2歳ステークス」に改められた。
朝日杯フューチュリティステークスの前哨戦としての意味合いもさることながら、クラシックを目標とするが距離適性を測るために出走してくるケースも多く、実力馬の参戦が多い。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/27


東京大賞典(とうきょうだいしょうてん)
大井競馬場の2000mで行なわれる交流JpnTレース。実施時期は12月下旬。有馬記念より遅く行なわれるため、1年で最も暮れに行なわれるGTレース。第1回は'55年に2600mで「秋の鞍」という名称で行なわれた(春には現在の東京ダービーである「春の鞍」というレースがあった)。'62年に3000mへ距離延長、'63年に「東京大賞典」と改称された。'88年に2800m、'98年に2000mに距離短縮され現在に至っている。
過去には、3000mで行なわれた最後の年の'88年にイナリワン、'89年にロジータ、2000mになった初年の'98年にアブクマポーロ、2001年にトーホウエンペラー、2004・2005年にアジュディミツオーなどが優勝。特に、連覇を達成したことがあるのは50年に渡る歴史の中でアジュディミツオーただ1頭。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/28


東京盃(とうきょうはい)
大井競馬場の1200mで行なわれる交流JpnUレース。実施時期は10月初旬。第1回は'67年で、当初から南関東地区の短距離馬が覇を競うレースとして開催されてきたが。'95年に南関東以外のにも開放され、'97年から交流GUとして実施されている。
Road to JBC」の1つに指定されており、このレースの優勝馬は優先的にJBCスプリントの出走権が与えられる。 第35回(2001)ノボジャック、第38回(2004)マイネルセレクトが同年のJBCスプリント(いずれも大井競馬場での開催)を優勝するなど、前哨戦として大変意味のあるレースと言える。
last update : 2007/05/01
first entry : 2006/03/28


東京ハイジャンプ(とうきょうはいじゃんぷ)
東京競馬場の芝3300mで行なわれるハンデのJGUレース。実施時期は6月上旬〜中旬。このレースの前身は年2回開催だった東京障害特別。'99年の障害レース改革に伴い、春を「東京ハイジャンプ」、秋を「東京オータムジャンプ」とした。東京障害特別時代はハンデ戦だったが、レース改編で別定戦となり、重賞勝ち馬も参戦可能なレースとなっている。
last update : 2006/03/28
first entry : 2006/03/28


東京優駿(とうきょうゆうしゅん)
日本ダービーの正式名称。第1回は「東京優駿大競走」として'32年4月24日、当時目黒にあった東京競馬場の2400mで施行された。創設当初は4月下旬の開催であったが第7回から本家イギリスに倣って5月末〜6月初旬に開催時期が固定された。
数あるクラシックレースの中で唯一開催場も施行距離も変わらず行なわれている伝統あるレースである(目黒から府中へ移設した経緯はあるが)。優良繁殖馬選定競走という目的下で行なわれるため、セン馬は出ることができない。
かつては34頭でレースが行なわれたこともある。これだけ出ればまさに「最も運のあるが勝つ」レースであろう。タチカゼタニノハローモアのようなことは今後ないだろうか。今のような高々18頭では実力本位も致し方なしといったところか。惜しいことである。
last update : 2005/09/25
first entry : 2005/07/17


ドバイワールドカップ(どばいわーるどかっぷ、Dubai World Cup)
アラブ首長国連邦ドバイのナドアルシバ競馬場のダート2000mで行なわれる国際GTレース。第1回は'96年で、賞金総額400万ドル、1着賞金240万ドルは当時の世界最高額。'98年に国際GTに格付け。一旦はブリーダーズカップクラシック賞金額が抜かれたものの、'99年に抜き返し、2000年から賞金総額600万ドル、1着賞金360万ドルと世界最高を誇る。
その名のとおり、世界最高額の賞金を巡って世界各国の最強馬クラスの競走馬が参戦するため、米国・ケンタッキーダービーやブリーダーズカップクラシックと並び、世界中から注目を集めるダートの世界最高峰のレースと言える。 '99年には英国ダービーHigh-Rise (ハイライズ)とケンタッキーダービー馬 Silver Charm (シルバーチャーム)が激突。76年ぶり2度目となる米英ダービー馬の対決が実現した。
ジャパンカップ香港国際競走と同様、国際招待レースのため、ドバイが出走馬や関係者の遠征費用などを負担してくれる。 日本馬も積極的に出走しており、第1回('96)のライブリマウント(6着)を皮切りに、第2回('97)のホクトベガの競走中止安楽死処分という悲劇はあったが、第6回(2001)にはトゥザヴィクトリーが2着と健闘。第10回(2005)は地方馬として初参戦となったアジュディミツオーが6着、第11回(2006)のカネヒキリ5着など、日本馬は未勝利で世界の壁の高さを思い知らされている。
last update : 2006/03/28
first entry : 2006/03/28




辞典indexへ戻る

表紙へ戻る