「楡馬」版−競馬辞典

―― レース編 ――
last update 07/04/30


<な>
【中山記念】【中山金杯】【中山グランドジャンプ】【中山大障害】【中山牝馬ステークス】【名古屋グランプリ】【名古屋大賞典】【鳴尾記念】
中山記念(なかやまきねん)
中山競馬場の芝1800mで行なわれるGUレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は2月下旬〜3月上旬。第1回は'36年秋に芝3200mのハンデ戦で行なわれた。当時は春と秋の年2回開催だった。'38年秋から芝3400mに距離延長。'44〜'46年は太平洋戦争の影響で開催中止。'47〜50年の春開催は芝2600mで、秋開催は芝3200mで開催された。'51年秋を最後に年2回制を廃止。年1回制となった'52〜'55年は芝2400mで、'56年は芝2600mで開催、翌'57年から芝1800mで行なわれるようになった。
このレースから天皇賞(春)か安田記念、更には宝塚記念を目指す有力馬が始動するため、春の古馬GT戦線を占う重要なレース。また、このレースから4月初頭に香港の沙田(シャティン)競馬場で施行されるクイーンエリザベス2世カップへ遠征する陣営も出てきた。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


中山金杯(なかやまきんぱい)
中山競馬場の芝2000mで行なわれるGVレース。外国馬9頭が出走可能な国際競走。実施日は年間の開催初日(例年は1月5日だが2007年は1月6日)。第1回は'52年に芝2600mで「金杯」の名称で行なわれた。'61年に距離が現在の芝2000mに短縮。'96年にレース名を「中山金杯」に変更し現在に至る。
'95年まで京都競馬場の「金杯」と東西に同じレース名が存在していたが、'96年に「中山金杯」と「京都金杯」とそれぞれ改称した。しかしその'96年は中山競馬場が改修の関係で東京開催だった。だったら「中山金杯」に変更するの、翌年でもよかったんじゃないの?
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


中山グランドジャンプ(なかやまぐらんどじゃんぷ)
中山競馬場の芝4250mで行なわれる国際招待のJGTレース。実施時期は4月中旬。第1回は障害レースが大幅改編された'99年で、それまで年2回で開催されていた中山大障害を秋のみの開催にしたため、その代わりとして創設、芝4100mで実施された。翌2000年には障害レースで唯一の国際招待に指定、2001年に距離を現在の芝4250mとした。
ただでさえ障害レースは落馬の危険性が高いため予想が難解なのに、そこに実力未知の外国馬が参戦するとあって、輪をかけて難解なレース。外国馬は同じ中山競馬場で施行されるオープンのペガサスジャンプステークスに出走してこのレースに臨むことが多いが、そこで好走したからといって大竹柵や大生垣のある大障害コースまで経験するわけではないので一概に信用はできない。
last update : 2006/03/29
first entry : 2006/03/29


中山大障害(なかやまだいしょうがい)
東京競馬場で行われる東京優駿が人気を集めたため、それに負けない面白いレースを、と中山競馬倶楽部理事長の肥田金一郎氏が草案してできたレース。
第1回は1934年に行われた。勝ち馬はキンテンで、その馬主はレース草案者である肥田氏。なにやら八百長くさい感じがするが、実は現在よりも高度な想像を絶する障害が設定されたため出走馬が集まらず4頭だけで行われたのである。勿論、草案者である肥田氏が出馬しないわけはなく、そんなわけで草案者のが第1回を制する運びになったのだろう。
その後、障害レースの高速化に伴う危険防止のため、障害の縮小を行った経緯はあるが、これまでレースのスタイルは殆ど変わることなく行われてきた。しかし'99年の障害レースの番組改革により、春秋行われてきたこのレースは秋のみとなった。それにしても1着賞金が8000万円となった途端に出走馬が15頭も揃うとは…('99年)。'71年秋、出走馬が揃わずレース不成立になったこともあるレースとは思えませんなぁ…。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


中山牝馬ステークス(なかやまひんばすてーくす)
中山競馬場の芝1800mで行なわれる牝馬限定ハンデのGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は3月中旬。第1回は'83年で、それまでオープンで行なわれていた「中山牝馬ステークス」が重賞に昇格してできた。距離もハンデ戦であることもそのときから変わっていない。
レース名のサブタイトルは「ローレル競馬場賞」で、ローレル競馬場は国際レースの先駆けであるワシントンDCインターナショナルが行なわれていた競馬場。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


名古屋グランプリ(なごやぐらんぷり)
名古屋競馬場の2500mで行なわれる交流JpnUレース。実施時期は12月下旬。第1回は2001年。東海地区で伝統の東海菊花賞を'96年に全国交流としたが、2000年を最後に東北・北陸・近畿地区の馬との交流レースに変更したため、それを受けて創設された。
同時期には東京大賞典が行なわれるため、そちらで賞金や実力が足りないや長距離が得意なが参戦することになる。第1回こそ地元・笠松のミツアキサイレンスが優勝したが、その後はJRA勢が優勝している。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


名古屋大賞典(なごやだいしょうてん)
名古屋競馬場の1900mで行なわれる交流JpnVレース。実施時期は3月下旬。第1回は'77年でそのときから1900mで実施されてきた。当初は1年の締めくくりとして12月に開催されていたが、'89年から3月開催となった。'96年にJRAおよび他地区所属馬にも出走が認められ、'98年からは交流GVとして実施されている。
交流競走になる以前には、第6回('82)ゴールドレット、第9回('85)カウンテスアップ、第11回('87)ワカオライデン、第12回('89)フェートノーザンら東海地区を代表するが優勝。 交流競走になってからは第25回(2002)トーホウエンペラー(岩手)、第26回(2003)マルカセンリョウ(愛知)が優勝。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


鳴尾記念(なるおきねん)
阪神競馬場の芝1800mで行なわれるGVレース。外国馬9頭が出走可能な国際競走。実施時期は12月上旬〜中旬。第1回は'51年に芝2400mで実施、当初は年2回開催だったが、'54年から年1回開催となった。 '81年から芝2500mに変更、'84年にGUに格付け、'87年から実施時期が3月が12月へと移行し有馬記念を目指す賞金稼ぎの役割を担った。 '96年に宝塚記念の施行時期が7月阪神競馬最終日に移行したことを受けて、翌'97年に前哨戦として距離を2000mに短縮するとともに6月に繰り上げ、ハンデ戦から別定戦となった。 しかし2000年の番組改編で宝塚記念の施行が繰り上がると、前哨戦としての役割は金鯱賞に引き継がれ、格付けがGVへと降格となり、施行時期も12月へと移行、再びハンデ戦となった。2006年から距離が1800mへと短縮、再び別定戦へと変更された。
「鳴尾」は1907〜'43年まで兵庫県武庫郡鳴尾村(現在の西宮市)に存在した鳴尾競馬場のこと。この競馬場は'37年に『阪神競馬倶楽部鳴尾競馬場』から『日本競馬会阪神競馬場』へと改名、つまり阪神競馬場の前身ということになる。'43年に軍に接収され姿を消したが、今は当時の大スタンドの一部が武庫川女子大学薬学部キャンパス内に残されている。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29



<に>
【新潟記念】【新潟ジャンプステークス】【新潟大賞典】【新潟2歳ステークス】【日経賞】【日経新春杯】【日本ダービー】【日本テレビ盃】 【ニュージーランドトロフィー】
新潟記念(にいがたきねん)
新潟競馬場の芝2000mで行なわれるハンデのGVレース。外国馬が9頭出走可能な国際競走。実施時期は8月下旬。第1回は'65年でそのときから距離の変更などはなく、'74年から8月下旬の開催となり現在に至る。
過去の優勝馬にはシンザンのライバルとして名を馳せたウメノチカラ(第1回)、このレースを制した後に天皇賞(秋)を勝ったオフサイドトラップ(第34回)がいる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


新潟ジャンプステークス(にいがたじゃんぷすてーくす)
新潟競馬場の芝3250mで行なわれるJGVレース。実施時期は8月中旬。夏に障害オープン馬が出走できるレースを用意するという意図で、'99年の障害レース改革に伴い、西の小倉サマージャンプに対して創設された。小倉サマージャンプ同様、ハンデ戦ということもあり、活躍馬の出走例はなく、また勝ち馬の出世にも今のところ繋がっていない。
last update : 2006/03/29
first entry : 2006/03/29


新潟大賞典(にいがただいしょうてん)
新潟競馬場の芝2000mで行なわれるハンデのJpnVレース。外国馬4頭が出走可能な国際競走。実施時期は5月中旬。第1回は'79年。芝2200mで実施されたことが何度かあったが、'95年以降は芝2000mで定着している。
東京競馬の裏開催の時期にあたるため実力馬の参戦は少ない。このレースから宝塚記念、暮れの有馬記念を制したメジロパーマー(第14回)を輩出している。
last update : 2007/04/30
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新潟2歳ステークス(にいがた2さいすてーくす)
新潟競馬場の芝1600mで行なわれる2歳馬限定のJpnVレース。実施時期は9月上旬。第1回は'81年で、もともとは'68年以降行なわれてきた芝1200mのオープン競走「新潟3歳ステークス」が重賞に格上げされてできた。'97年に芝1400m、2002年に芝1600mに距離延長された。2001年に馬齢表記変更に伴い「新潟2歳ステークス」に改称された。
以前は夏の2歳重賞はいずれも芝1200mばかりのため、新潟でデビューしたばかりの参戦だったが、芝1600mとなった現在では少しでも長い距離を使いたい陣営が他競馬場からここへ参戦するケースがある。
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日経賞(にっけいしょう)
中山競馬場の芝2500mで行なわれるGUレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は3月下旬。第1回は'53年に芝3200mで「日本経済賞」の名称で行なわれた。'59年に芝2600m、'67年に芝2500mに距離短縮された。'79年にレース名を「日経賞」に改称し現在に至っている。
'84年に施行時期を移行してからは、関東圏における天皇賞(春)の重要な前哨戦に位置付けられ、美浦だけでなく栗東からも有力馬が出走してくる。 グレード制施行以降、ここを勝って天皇賞(春)を制したのは、第33回('85)シンボリルドルフ、第35回('87)ミホシンザン、第41回('93)ライスシャワー。
第46回('98)重賞競走では稀に見る大波乱。1着に最低12番人気のテンジンショウグン、2着に7番人気のシグナスヒーローが入り、単勝3万5570円、馬連21万3370円。勝ったテンジンショウグンは障害に転向していて、この時点までに障害で2勝を挙げ、中山大障害出走も視野に入れていたが中山のバンケットが苦手だったため仕方なく平地重賞を選んだのだった。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


日経新春杯(にっけいしんしゅんはい)
京都競馬場の芝2400mで行なわれるハンデのGUレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は1月中旬。第1回は'54年に「日本経済新春杯」の名称で行なわれた。 '79年に「日経新春杯」に改称、'81年にハンデ戦から別定戦に変更された。'87〜'93年は芝2200mで実施されたが、'95年から芝2400mに戻されたのと同時に再びハンデ戦となった。
このレースで必ず振り返られるのが'78年のテンポイント。暮れの有馬記念で宿敵トウショウボーイを下し、海外遠征の話が持ち上がった。その壮行レースとして選ばれたのがこのレースだった。そこでテンポイントが背負わされた斤量が66.5kg! この酷量に耐えられなかったテンポイントは3コーナー過ぎで故障発生。その後の治療の甲斐なく3月5日に安楽死となった。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


日本ダービー(にほんだーびー)
'32年に行われた第1回以来、ずっと東京競馬場の2400mで行われているレース(実際には第1・2回の東京競馬場は現在の府中ではなく、目黒にあったもの)。正式名称は東京優駿
「最も運のいいが勝つ」と言われるレース。しかし'91年のレースを最後に20頭以上で行われなくなってしまってからは運の要素は殆ど要らなくなった。20頭以下の方が珍しかった昔は本当に運が必要だった。
30頭以上も当たり前の昔は、何が勝つかゲートが開いてみても分からないような日本ダービーだった。なんとかそんなダービーを今一度見せてはもらえないものだろうか。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


日本テレビ盃(にほんてれびはい)
船橋競馬場の1800mで行なわれる交流JpnUレース。実施時期は9月下旬。第1回は'54年に2000mで「NTV盃」の名称で行なわれた。'98年に交流GUに格付けされたのを機に1800mに距離短縮。翌'99年に「日本テレビ盃」に改称。2002年に「Road to JBC」に指定されたのを受けて交流GUに格上げされた。優勝馬にはJBCクラシックへの優先出走権が与えられる。
日本テレビ放送網が'53年に日本最初の競馬中継を船橋競馬場で行なったことを記念して創設されたレースなわけだが、当の日本テレビはこのレースについてスポーツニュースなどで触れることは一切ない。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29


ニュージーランドトロフィー(にゅーじーらんどとろふぃー)
中山競馬場の芝1600mで行なわれる3歳馬限定のJpnUレース。実施時期は4月上旬。 第1回は'83年に東京競馬場の芝1600mで「ニュージーランドトロフィー4歳ステークス」の名称で行なわれた。 NHKマイルカップが創設された'96年にその前哨戦に位置付けられた関係で施行時期が6月上旬から4月下旬に変更、同時に距離も芝1400mに短縮された。2000年に施行時期が繰り上げになった関係で中山競馬場の芝1600mへと変更になった。 2001年に馬齢表記の変更に伴い「ニュージーランドトロフィー」に改称され現在に至っている。
NHKマイルカップが設けられるまでは、外国産馬に代表されるようなクラシックに出られないたちの春の最大目標となっていた。第6回('88)オグリキャップ(クラシック登録がなかった)、第10回('92)シンコウラブリイ、第12回('94)ヒシアマゾンなどが優勝した。
NHKマイルカップが創設された後、東京競馬場で施行されていたときは本番に直結するレースだったが、中山競馬場に移ってからはここで好走したが本番で活躍しておらず、レースの意義が問われている。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/29



<ぬ>
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<ね>
【根岸ステークス】
根岸ステークス(ねぎしすてーくす)
東京競馬場のダート1400mで行なわれるGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は1月下旬。第1回は'87年に行なわれた。'90年にダート1200mに距離短縮されたが、2001年に施行時期を11月から1月に移行したのを機に再び距離をダート1400mに戻し現在に至る。
「根岸」は1866年から1942年まで使用されていた横浜競馬場(根岸競馬場)のあった神奈川県横浜市の地名に由来。同競馬場は'43年6月10日に旧日本海軍に徴用された。高台の上に存在するため無線通信所として適していること、見晴らしの良さから横須賀軍港の動向が丸見えになってしまい、防諜上民間人を立ち入らせないようにすること、が海軍に徴用された理由と言われている。現在、同競馬場跡地には根岸森林公園・根岸競馬記念公苑等が設けられている。
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first entry : 2006/03/29



<の>
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