「楡馬」版−競馬辞典

―― レース編 ――
last update 07/04/30


<か>
【ガーネットステークス】【凱旋門賞】【かきつばた記念】【かしわ記念】【カブトヤマ記念】【川崎記念】【関東オークス】
ガーネットステークス(がーねっとすてーくす)
中山競馬場のダート1200mで1月に行なわれるGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。「ガーネット」とは1月の誕生石のことであって、第4回('59)有馬記念の勝ち馬ガーネットのことではない(筆者は本気でのガーネットを称えたレースだと思っていた)
オープンのレースとして行なわれていたが、'97年に重賞に昇格。2003年より別定重量からハンデ戦に変更。第2回('98)の勝ち馬スーパーナカヤマがこのレースで出した勝ち時計1分09秒1は現在もJRAレコード
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


凱旋門賞(がいせんもんしょう、Prix de l'Arc de Triomphe)
フランスのロンシャン競馬場・芝2400mで10月第1日曜日に行なわれる国際GTレース。第一次世界大戦後、衰退したフランス競馬の再興を掲げ、欧州一・世界一を目標に1920年に創設された。英国ダービー、キングジョージ6世&クイーンエリザベスステークスと並び、欧州3大レースとして世界の競馬関係者の目標となっている。
10月のフランスは雨が多いこと、またフランスでは柔らかい馬場が好まれわざわざコースに散水することから、重馬場または不良馬場で行なわれることが多い。また芝も長めで力を要求される馬場である。そのためか、このレースの勝ち馬は軽い馬場の日本競馬に適応できず、ジャパンカップに出走しても上位に入ったケースは少ない。ちなみにレースレコードは'97年のパントレセレブルが出した2分24秒6。
負担重量は古馬が59.5kg(牝馬は1.5kg減)、3歳馬が56kg(同1.5kg減)(セン馬は出走できない)。古馬に対して3歳馬が3.5kgも軽いため、3歳馬の好走がかなり目立つ('94〜2006年の13回中12回が3歳馬の優勝)
日本調教馬が初めてこのレースに挑戦したのが'69年のスピードシンボリ(着外)。以後、'72年メジロムサシ(18着)、'86年シリウスシンボリ(14着)、'99年エルコンドルパサー(2着)、2002年マンハッタンカフェ(13着)、2004年タップダンスシチー(17着)、2006年ディープインパクト(3位入線後、禁止薬物検出で失格)と挑戦が続いたがまだ優勝には至っていない。 優勝に一番近づいたエルコンドルパサーに騎乗した蛯名正義騎手曰く「レース前、日本のなんかに勝たせてたまるか、という雰囲気がありました」。よく欧米諸国から日本の競馬は閉鎖的だと指摘されたが、ヨーロッパだって閉鎖的じゃないか。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


かきつばた記念(かきつばたきねん)
名古屋競馬場の1400mで行なわれる交流JpnVレース。開催時期は5月3日。第1回は'99年で、創設当初からJRAや他地区のに開放されており、2003年までは毎年JRA所属馬が優勝していたが、2004年マルカセンリョウ、2005年ヨシノイチバンボシと地元勢が優勝。「かきつばた」は愛知県の県花。
例年、同距離で行なわれる黒船賞から挑むが多く、このレースの後は、さきたま杯北海道スプリントカッププロキオンステークスへ向かうことになる。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


かしわ記念(かしわきねん)
船橋競馬場の1600mで行なわれる交流JpnTレース。開催時期は5月5日。かつて船橋競馬場と同県の千葉県柏市にあった柏競馬場を記念して'78年に創設。当時は南関東の準重賞として実施されたが'89年に重賞に格上げ。'96年から1600mに距離短縮しJRAや他地区のに開放、'97年に交流GVに格付けされ、2002年にGU、2005年にGTへと格上げされた。
交流重賞格付け後の歴代優勝馬に、第10回('98)アブクマポーロ、第11回('99)サプライズパワー、第14回(2002)トーシンブリザード、第16回(2004)ナイキアディライト、と南関東の実力馬がズラリと並ぶように、例年地方馬の好走が目立つ。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


カブトヤマ記念(かぶとやまきねん)
福島競馬場の芝1800mで行なわれていたGVレース。「ダービー馬はダービー馬から」を日本競馬史上初めて実践したカブトヤマを称えて、'47年に中山競馬場の芝1950mで第1回が行なわれた。その後、'50年に2000mに距離延長、'56年に東京競馬場開催へ。'80年に福島競馬場の芝1800mで行なわれるようになり、父内国産限定重賞として定着。
父内国産馬にとって良い目標レースであり、重賞未勝利の父内国産馬が有馬記念に出たいが為に挑戦するレースでもあった。しかし父内国産馬のレベルアップが達成されたことを理由に2003年を最後に廃止。
他の父内国産馬限定重賞である愛知杯中日新聞杯も限定から外れるのであれば廃止も致し方ないと思うが、中日新聞杯だけ父内国産限定で残すという中途半端なことをするのであれば、何故カブトヤマの名を持つこのレースを限定レースで残さなかったのか。愛知杯中日新聞杯を牝馬限定重賞にすればよかったのではないか。これだからJRAのやることは不可解なんだ!
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


川崎記念(かわさききねん)
川崎競馬場の2100mで行なわれる交流JpnTレース。中央のフェブラリーステークスより早く1月下旬に行なわれるため、国内で最も早いGTレースである。第1回は「開設記念」という名称で'51年に3000mの距離で行なわれた。その後、徐々に距離短縮を繰り返し'64年以降は2150mで定着。'79年にレース名を「川崎記念」に改める。'85年に2000mへ距離短縮し、その後JRAや他地区の所属馬に門戸を開放。'99年に距離を100m延長することでフルゲートを12頭から14頭へ拡大、現在に至る。
前年のジャパンカップダート東京大賞典の出走馬がそのまま出走してくるケースが多い。またドバイワールドカップのステップに使われることもある。このレースを使った後は名古屋大賞典ダイオライト記念に向かうが多い。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


関東オークス(かんとうおーくす)
川崎競馬場の2100mで行なわれる交流JpnVレース。3歳のダート女王を決定するレース。第1回は'65年に1700mの距離で行なわれた。'68年に2000m、'98年に2100mへ距離延長。2000年に交流競走となりJRAや他地区の所属馬も出走可能となる。
南関東所属のにとっては3歳牝馬クラシック3冠の最終戦という位置づけであり、浦和の桜花賞や大井の東京プリンセス賞での上位馬が出走してくるレースである。そのため実力馬が揃うが、3歳春の時点でダートの2000m超を経験している牝馬など皆無に等しく、伏兵の台頭もしばしば見られる。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21



<き>
【きさらぎ賞】【北九州記念】【菊花賞】【共同通信杯】【京都記念】【京都金杯】【京都ジャンプステークス】【京都新聞杯】 【京都大賞典】【京都ハイジャンプ】【京都牝馬ステークス】【金鯱賞】
きさらぎ賞(きさらぎしょう)
京都競馬場の芝1800mで行なわれる3歳のJpnVレース。その名の通り2月の中旬に実施される。第1回は'61年に中京競馬場のダート1200mで実施された。 その後1700mへ距離延長され、中京競馬場に芝コースが敷設された'70年の翌年'71年から芝1800mに改められた。'87年に京都競馬場の芝2000mに舞台を移し、コース新設に伴い'91年からは芝1800mに変更され現在に至る。
関西馬が皐月賞東京優駿といったクラシックへ名乗りをあげるレースであり、第38回('98)スペシャルウィーク、第43回(2003)ネオユニヴァースといったダービー馬もここから出世していった。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


北九州記念(きたきゅうしゅうきねん)
小倉競馬場の芝1800mで行なわれるJpnVレース。夏の小倉開催の第1週目に実施される。第1回は'66年に芝2000mでハンデ戦として実施された。'69年からは現在の芝1800mへ距離短縮。その後は別定戦→ハンデ戦と変遷し、現在は別定戦として実施されている。
エプソムカップ宝塚記念に出走したが参戦することが多く、割と豪華なメンバーで行なわれる。このレースの後はそのまま小倉競馬場に滞在して小倉記念に出走することが多い。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


菊花賞(きっかしょう)
皐月賞東京優駿に続く、3歳クラシック最終戦として、京都競馬場の芝3000mで行なわれる。英国のセントレジャーを範として'38年に「京都農林省賞典四歳呼馬」という名称で始まった。現在の「菊花賞」という名称になったのは'48年のこと。俗に「最も強いが勝つ」と言われる。
'44年は能力検定競走として行なわれたが、全馬がコースを間違えたためにレース不成立(いちおうの1位入線馬はダービー馬・カイソウ)。そのため'44年はレースの回数として数えず現在に至る。
昔はいわゆるステイヤーと呼ばれるが勝ったものだが、最近は長距離を得意とするが少なく、レースはスローに流れて上がりだけの競馬になる傾向にある。メジロマックイーンやライスシャワーのようなの出現が待たれるところである。
last update : 2005/07/18
first entry : 2005/07/18


共同通信杯(きょうどうつうしんはい)
東京競馬場の芝1800mで行なわれる3歳馬のJpnVレース。サブタイトルに「トキノミノル記念」の名を持つ。第1回は'67年に芝1400mで「東京4歳ステークス」の名称で実施された。翌'68年に芝1600mへ、'71年からは芝1800mへ距離延長。'83年から「共同通信杯4歳ステークス」の名称になり、2001年に馬齢表記の見直しに伴い“4歳ステークス”の部分が削除され現在の名称に至る。
レース創設当初からクラシックへの登竜門という性格は変わりなく続いており、特に後に控える最大目標の東京優駿東京競馬場で行なわれることから、コース経験をさせたいという意向で出走させることも少なくない。過去にこのレースと東京優駿の両方を制したは、カブラヤオー、サクラショウリ、ミスターシービー、ダイナガリバー、アイネスフウジン、ナリタブライアン、ジャングルポケットの7頭。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


京都記念(きょうときねん)
京都競馬場の芝2200mで行なわれるGUレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施時期は2月中旬〜下旬。第1回は'42年に芝3500mのハンデ戦で行なわれた。当初は春と秋の年2回実施されていた。 その後、3200m、3000mと徐々に距離短縮が図られ、'69年に芝2400mで定着するようになった。'84年、レース改革に伴い年2回開催から年1回開催となる。'94年にGT馬も出走しやすいようにと別定重量に変更され、同時に距離も2200mへと短縮された。2005年には国際競走に位置付けられた。
天皇賞(春)を目指すが多く出走するが、1月を休養に充てたと、年末から1月にかけてレースを使って調子を上げてきたとがぶつかり合うため、馬券的にはそれらの取捨選択が難しいレースである。過去の勝ち馬にはタケシバオー、エリモジョージ、テンポイント、アグネスレディー、ビワハヤヒデ、ナリタトップロードなど。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


京都金杯(きょうときんぱい)
京都競馬場の芝1600mで行なわれるGVレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。実施日は年間の開催初日(例年1月5日だったが2007年は1月6日)。 第1回は'63年に芝2000mの別定戦で「迎春賞」の名称で行なわれた。'66年に名称を「金杯」に変更。'81年にハンデ戦に条件が変更。'96年に名称を「京都金杯」に変更。2000年に1600mへと距離短縮され、中山金杯との差別化が図られた。2006年に国際競走に位置付けられた。
縁起レースとして知られ、第26回('88)タマモクロス、第28回('90)オサイチジョージ、第29回('91)ダイユウサク、第43回(2005)ハットトリックなど、このレースを制したその年には大レースを勝つことができるという有難いジンクスがある。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/21


京都ジャンプステークス(きょうとじゃんぷすてーくす)
京都競馬場の芝3170mで行なわれるJGVレース。実施時期は5月中旬。このレースの前身は年2回開催だった京都大障害。'99年の障害レース改革に伴い、春を「京都ジャンプステークス」、秋を「京都ハイジャンプ」とした。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


京都新聞杯(きょうとしんぶんはい)
京都競馬場の芝2200mで行なわれる3歳馬のJpnUレース。実施時期は5月初旬。第1回は'53年に芝2400mで「京都盃」の名称で行なわれた。'57年に芝1800mに距離短縮、'66年には芝2000mに延長。'67年に菊花賞トライアルに指定される。 '71年に名称を「京都新聞杯」に変更。'84年にグレード制が敷かれた際にGUに格付けされ、同時に距離が2200mに変更された。2000年、菊花賞の実施時期が11月第1週から10月中〜下旬に変更になったことに伴い、トライアルレースが神戸新聞杯1本に絞られた関係で、京都新聞杯は廃止になった京都四歳特別の代わりに春へと実施時期が変更となった。 このとき距離が2000mに短縮され、同時にレース格がGVへと下げられたが、翌2001年には再びGUに格付けされ、距離も2002年に2200mとなった。
かつては菊花賞トライアルだったが、現在では東京優駿を目指すの東上最終便という役割となっている。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


京都大賞典(きょうとだいしょうてん)
京都競馬場の芝2400mで行なわれるGUレース。外国馬が9頭出走可能な国際競走。実施時期は10月初旬。第1回は'66年に芝3200mで「ハリウッドターフクラブ賞」の名称で行なわれた。翌'67年に芝2400mに距離短縮され、'74年に名称を現在の「京都大賞典」に変更。
天皇賞(秋)やジャパンカップを目指す有力馬がステップレースとして多数出走するため、毎年見応えのあるレースとなる。2003年からは国際GUに格付けされている。これまで外国馬の参戦はないが、今後ジャパンカップエリザベス女王杯を目標に参戦する外国馬があるかも知れない(いや、そんな奇特な海外競馬関係者がいるかどうか…)
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


京都ハイジャンプ(きょうとはいじゃんぷ)
京都競馬場の芝3930mで行なわれるJGUレース。実施時期は11月中旬。このレースの前身は年2回開催だった京都大障害。'99年の障害レース改革に伴い、春を「京都ジャンプステークス」、秋を「京都ハイジャンプ」とした。障害馬にとっての暮れの大一番・中山大障害の前哨戦であり、障害レースの実力馬が揃う。
last update : 2006/03/21
first entry : 2006/03/21


京都牝馬ステークス(きょうとひんばすてーくす)
京都競馬場の芝1600mで行なわれる牝馬限定のGUレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。実施時期は1月下旬〜2月初旬。 第1回は'66年に芝2000mで「京都牝馬特別」の名称で11月に行なわれた。'68年に芝1600mに距離短縮、'83年に実施時期が1月下旬〜2月上旬に変更。2001年に名称を現在の「京都牝馬ステークス」に変更。2005年から外国馬が参戦可能となっている。
繁殖シーズン直前の時期にレースが行なわれるため、以前はこのレースを最後に引退する牝馬もいた。しかし、このレースと同距離のGTヴィクトリアマイルが創設された関係で今後このレースの価値が高まるものと見られる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


金鯱賞(きんこしょう)
中京競馬場の芝2000mで行なわれるGUレース。外国馬が9頭出走可能な国際競走。実施時期は5月下旬。第1回は'65年にダート1800mで行なわれた。 中京競馬場が改装工事された'70年は「博多ステークス」の名称で小倉競馬場で開催、翌'71年から中京競馬場の芝1800mで実施されることになった。 夏の名物レースであったが、'96年、宝塚記念の実施時期が変更になったのを機に実施時期が5月下旬に変更、同時に距離も2000mに延長された。2000年から外国馬の出走が可能。
春のグランプリ宝塚記念を目指す有力馬がステップレースとして出走するため、毎年好メンバーが揃う。第39(2003)〜41(2005)回にかけてタップダンスシチーが3連覇した。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22



<く>
【クイーンカップ】【クイーン賞】【クイーンステークス】【クラスターカップ】【クリスタルカップ】【黒船賞】
クイーンカップ(くいーんかっぷ)
東京競馬場の芝1600mで行なわれる3歳牝馬限定のJpnVレース。実施時期は2月中旬。第1回は'66年に中山競馬場の芝1800mで行なわれた。'71年に芝1600mに距離短縮され、'81年には舞台が中山から東京に移った。
距離が桜花賞と同じ1600mということもあり、桜花賞を狙うの参戦が目立つ。また、さらにその先の優駿牝馬を見据えて、東京競馬場を経験させておきたい、という狙いで出走するケースもある。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


クイーン賞(くいーんしょう)
船橋競馬場の1800mで行なわれる牝馬限定の交流JpnVレース。実施時期は12月上旬。第1回は'55年で、そのときから船橋競馬場の1800mで実施されてきた。'97年から交流競走となりJRAや他地区の所属馬も出走可能となる。2006年からハンデ戦。
古馬と戦うのを回避してきた牝馬が実質的に最初に古馬と対戦することになるレース。3歳馬が古馬に通用するのかどうかを見極めるのが重要となる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


クイーンステークス(くいーんすてーくす)
札幌競馬場の芝1800mで行なわれる牝馬限定のJpnVレース。実施時期は8月中旬。第1回は'53年に東京競馬場の芝2000mで行なわれた3歳馬のためのレースだった。'80年に中山競馬場に変更になり、2000年に札幌競馬場に移されたのを機に古馬にも開放された。
古馬牝馬にとってはマーメイドステークスからこのレースを経てエリザベス女王杯へと挑むローテーションとなる。3歳馬は秋華賞へと向かうことになる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


クラスターカップ(くらすたーかっぷ)
水沢競馬場の1400mで行なわれる交流JpnVレース。実施時期は8月中旬。第1回の'96年から盛岡競馬場のダート1200mとで実施されてきたが、2007年は水沢競馬場1400mに舞台を移した。「クラスター(cluster)」とは「房、群れ、集まり」という意味だが、主催者側の意図はどうやら「星団」ということらしい。
ダート1200mの重賞は数が少ないため、短距離ダートを得意にするには貴重なレース。このレースから東京盃を経て、JBCスプリントへと挑むことになる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22


クリスタルカップ(くりすたるかっぷ)
中山競馬場の芝1200mで行なわれていた3歳馬のGVレース。実施時期は3月中旬。短距離路線の充実化を図るため'87年に第1回が中山競馬場の芝1200mで行なわれ、以降2005年まで実施された。桜花賞皐月賞といったレースに距離が適合しない短距離馬が活躍できる場としての役割を担った。
過去の優勝馬にはダイタクヘリオス、サクラバクシンオー、ヒシアマゾンらがおり、出走馬にはヤマニンゼファー、ダイタクヤマト、アグネスデジタルなど、蒼々たるメンバーがおり多くのGT馬を輩出した。しかし2005年のJRA運営審議会における短距離路線の再整備に伴い、クリスタルカップは2005年をもって廃止、3月に開催変更となったファルコンステークスにその役目を引き継ぐことになった。
last update : 2006/03/22
first entry : 2006/03/22


黒船賞(くろふねしょう)
高知競馬場の1400mで行なわれる交流JpnVレース。実施時期は3月下旬。第1回が行なわれた'98年当初から高知競馬場の1400mという条件で実施されている。第1回開催のときは12歳馬ミスタートウジンが出走して4着に入り話題になった。
1着本賞金賞金が平均的に少ない高知競馬にしては破格の3000万円。これだけのお金をちらつかせられては燃えないわけはないと思うのだが、地元勢の優勝は第1回のリバーセキトバの1回きり。それ以降は全てJRA所属馬が制している。地元馬の奮起を期待したい。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/22



<け>
【京王杯スプリングカップ】【京王杯2歳ステークス】【京成杯】【京成杯オータムハンデキャップ】【京阪杯】
京王杯スプリングカップ(けいおうはいすぷりんぐかっぷ)
東京競馬場の芝1400mで行なわれるGUレース。外国馬9頭が出走可能な国際競走。実施時期は5月中旬。第1回は'56年に東京競馬場の芝1600mで「京王杯スプリングハンデキャップ」という名称で行なわれたハンデキャップレースだった。 '63年に芝1800mに距離延長されたが、'81年に芝1400mに短縮され、このレースの1ヶ月後に行なわれる安田記念への前哨戦という意味合いを持つようになった。'84年に条件がハンデキャップから別定になり、レース名も現在の「京王杯スプリングカップ」に変更になった。 '94年に外国馬の出走が可能になり、その年はフランスのスキーパラダイスが、翌'95年はドバイのドゥマーニが優勝した。2001年に国際GUに格付けされた。
国際GUに格付けされたが、格付け後の外国馬の出走はたったの2頭(2001年、豪州のテスタロッサ(5着)、2004年、ドバイのフィートソーファスト(3着))安田記念の前哨戦という性格を持つだけに、もう少し出走馬がいてもよさそうなものなのに…。ホント日本の競馬って外国馬にとって魅力に映らないんですなぁ。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


京王杯2歳ステークス(けいおうはい2さいすてーくす)
東京競馬場の芝1400mで行なわれる2歳馬限定のJpnUレース。実施時期は11月初旬〜中旬。第1回は'65年に中山競馬場の芝1200mで「京成杯3歳ステークス」の名称で行なわれた。 '80年に東京競馬場の芝1400mに変更となったが、京成電鉄と関わりのない東京競馬場に移ったにもかかわらずレース名の変更はされず捨て置かれた。 '98年にようやくレース名を「京成」から「京王」に変更した。2001年に馬齢表記改正に伴い、レース名が現在の「京王杯2歳ステークス」に改められた。
2歳重賞としては関東地区で行なわれる唯一のGUで、暮れの朝日杯フューチュリティステークスを目指すが多数参戦する。また2頭まで地方馬が出走可能で、2着までに入ると牡馬は朝日杯フューチュリティステークス、牝馬は阪神ジュベナイルフィリーズに出走の権利が与えられる。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


京成杯(けいせいはい)
中山競馬場の芝2000mで行なわれる3歳馬限定のJpnVレース。実施時期は1月中旬。第1回は'61年に中山競馬場の芝1600mで行なわれた。'99年に距離が現在の芝2000mに延長された。
1600mで行なわれていた頃はあまり見向きされなかったレースだったが、'99年に2000mに延長されると皐月賞と同コースということから重視され、オースミブライトやボーンキング、アドマイヤジャパンといったクラシック戦線を賑わせたを輩出した。しかしまだ皐月賞馬を輩出するには至っていない。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


京成杯オータムハンデキャップ(けいせいはいおーたむはんできゃっぷ)
中山競馬場の芝1600mで行なわれるGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。 実施時期は9月初旬〜中旬。第1回は'56年に東京競馬場の芝1600mで「オータムハンデキャップ」の名称で行なわれ、'58年からレース名に「京王杯」の冠が付せられるようになった。 '63年に芝1800mに距離延長されるなど、その後も距離や施行場の変遷を経て、'80年に中山競馬場での施行となった。 レース名が現在の「京成杯オータムハンデキャップ」となったのは'98年。'80年以降、京成電鉄沿線の中山競馬場で“京王杯オータムハンデキャップ”が、京王電鉄沿線の東京競馬場で“京成杯2歳ステークス”が施行されている、という「ねじれ現象」が続いていたのを、それぞれ寄贈賞を入れ替えることで19年目にして「ねじれ」を解消したものであった。
秋競馬の開幕を飾るとともに、マイル路線での秋の緒戦となるレースとして位置付けられている。ちなみに、レース名が長ったらしいので、新聞等の紙面上では「京成杯AH」と省略して表記されることが多い。また、重賞競走で競走名に「ハンデキャップ」の語を持つのは現在ではこのレースのみ。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


京阪杯(けいはんはい)
京都競馬場の芝1800mで行なわれるGVレース。外国馬が9頭出走可能な国際競走。実施時期は11月下旬。 第1回は'56年に京都競馬場の芝2200mで「京都特別」の名称で行なわれた。'61年からレース名が現在の「京阪杯」となった。'66年に芝1800mに距離短縮されるが、'72年に芝2000mに距離延長され、'97年に再び芝1800mに戻された。
「京阪」とは京都競馬場の最寄駅・淀駅に乗り入れる京阪電気鉄道のこと。京阪電鉄といえば何と言ってもCMでお馴染みの“おけいはん”である。せっかくだから、このレースのプレゼンターを“おけいはん”に務めさせるというのはどうだろう? 京阪電鉄としても一考の価値はあると思うのだが。“おけいはん”のことを詳しく知りたい方はこちらまで。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24



<こ>
【神戸新聞杯】【小倉記念】【小倉サマージャンプ】【小倉大賞典】【小倉2歳ステークス】
神戸新聞杯(こうべしんぶんはい)
阪神競馬場の芝2000mで行なわれる3歳馬限定のJpnUレース。実施時期は9月下旬。第1回は'53年に芝1600m、ハンデ戦という条件で「神戸杯」の名称で行なわれた。 '57年に別定戦に改められると同時に距離が現在の芝2000mに延長された。'71年にレース名が現在の「神戸新聞杯」となり、斤量が定量となった。
菊花賞トライアルに指定されていて、3着以内に入ると優先的に菊花賞に出走できる。なお、このレース出走できるのは牡馬および牝馬であり、セン馬は出走できない。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


小倉記念(こくらきねん)
小倉競馬場の芝2000mで行なわれるJpnVレース。実施時期は8月中旬。第1回は'65年で、以来一貫して芝2000mで施行されている。 '69年だけ例外的に12月に施行された過去はあるが、当初は8月下旬〜9月上旬に施行され、'94年以降はおもに8月中旬に施行されており、夏の小倉では北九州記念と並んで名物レースとして親しまれている。
レースの傾向としては、クラシックや古馬GT戦線で苦戦しているや牝馬の活躍が目立つ。2005年にはメイショウカイドウがこのレースを勝って、史上初の同一年度での小倉3冠を達成した。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


小倉サマージャンプ(こくらさまーじゃんぷ)
小倉競馬場の芝3390mで行なわれるJGVレース。実施時期は7月下旬。夏に障害オープン馬が出走できるレースを用意するという意図で、'99年の障害レース改革に伴い、東の新潟ジャンプステークスに対して創設された。ハンデ戦ということもあり、活躍馬の出走例はなく、また勝ち馬の出世にも今のところ繋がっていない。
last update : 2006/03/24
first entry : 2006/03/24


小倉大賞典(こくらだいしょうてん)
小倉競馬場の芝1800mで行なわれるJpnVレース。実施時期は2月初旬。第1回は'67年で現在と同じ条件で行なわれた。 '69年は改修工事のため阪神競馬場で「セントウルステークス」の名称で施行された(現在のセントウルステークスとは無関係)
レースの傾向としては、ハンデ戦ということもあって伏兵馬が台頭することもある一方、順当に収まることもある。過去の勝ち馬に、第25回('91)レッツゴーターキン、第32回('98)サイレンススズカがいる。 北九州記念小倉記念と共に「小倉3冠」と呼ばれ、2005年にはメイショウカイドウがこのレースを勝って、史上4頭目の小倉3冠を達成した。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24


小倉2歳ステークス(こくら2さいすてーくす)
小倉競馬場の芝1200mで行なわれる2歳馬限定のJpnVレース。実施時期は9月初旬。 '65年にオープンとして芝1200mで「小倉3歳ステークス」の名称で行なわれていたのが、'81年に重賞に格上げ。2001年の馬齢表記改正で現在の名称となる。
GT馬や3歳クラシックで活躍するを輩出してこなかったため、あまり重要視されていなかったが、2001年に勝ったタムロチェリーが阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったことで評価が見直されている。また2003年にはメイショウボーラーが勝っている。
last update : 2007/04/30
first entry : 2006/03/24




辞典indexへ戻る

表紙へ戻る