「楡馬」版−競馬辞典

―― レース編 ――
last update : 07/04/30


<あ>
【アーリントンカップ】【愛知杯】【アイビスサマーダッシュ】【青葉賞】【朝日チャレンジカップ】【朝日杯3歳ステークス】 【朝日杯フューチュリティステークス】【アメリカジョッキークラブカップ】【有馬記念】【アルゼンチン共和国杯】【アンタレスステークス】
アーリントンカップ(あーりんとんかっぷ)
阪神競馬場の芝1600mのコースで行なわれる3歳のJpnVレース。レース名の「アーリントン」は、アーリントンミリオンで有名なアーリントン競馬場と阪神競馬場が姉妹提携していることに由来する。
このレースの前身はペガサスカップ('87〜'91年)。それに代わって'92年に新設されたのがこの競走。皐月賞東京優駿へとクラシック路線を進むよりも、ニュージーランドトロフィーNHKマイルカップへと進む短距離路線組のためのレース。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/19


愛知杯(あいちはい)
中京競馬場の芝2000mのコースで行なわれる牝馬限定のGVレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。
第1回は'63年にダート2000mで行なわれ、中京競馬場に芝コースが設置された'70年から芝2000mに改められた。更に'72年からは父内国産馬限定のレースとなる。2004年、父内国産馬レースの縮小と牝馬重賞路線の拡大から同レースは牝馬限定のレースへと変更された。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/19


アイビスサマーダッシュ(あいびすさまーだっしゅ)
新潟競馬場の芝直線1000mのコースで行なわれるJpnVレース。日本で唯一の直線コースのみの重賞で、毎年1000mの日本レコードの更新が期待される。ちなみに地方馬は最大3頭まで出走可能で、2着までに入るとスプリンターズステークスへの出走権が与えられる。外国馬が5頭まで出走可能な国際競走。
コーナーが無いためにスピードの絶対能力を競うレースとなり、1200mの重賞で好勝負できるでないと勝負にならない。現に2002年と2004年の勝ち馬・カルストンライトオは後にGTスプリンターズステークスを勝っている。
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青葉賞(あおばしょう)
東京競馬場の芝2400mのコースで行なわれるダービートライアルレース。JpnU。3着までに入るとダービーへの優先出走権が得られる。重賞に格上げされたのは'94年。
本番と同じコースで行なわれるレースのため、本番を占うレースとも言われる。現に2002年の勝ち馬・シンボリクリスエス、2003年の勝ち馬・ゼンノロブロイが本番で2着と好走したことから、近年は注目度が高まりつつある。
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first entry : 2005/07/19


朝日チャレンジカップ(あさひちゃれんじかっぷ)
阪神競馬場の芝2000mのコースで行なわれるGVレース。第1回('50)は「チャレンジカップ」の名称で芝2400mだった。'52年に距離が2000mに変更。'53年に名称が現在の「朝日チャレンジカップ」と変更。また当初はハンデ戦だったが'81年より別定戦に変更。外国馬が8頭出走可能な国際競走。
秋競馬の開催を告げるレースでもあるこのレースは、夏に力をつけてきたと春に実績を残したとがぶつかるため、なかなか面白いレースである。
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first entry : 2005/07/19


朝日杯3歳ステークス(あさひはい3さいすてーくす)
'90年までは牡牝問わず、関東の2歳(旧馬齢表記で3歳)馬チャンピオンを決めるレースだったが、その後は東西の牡馬2歳(旧馬齢表記で3歳)チャンピオンを決めるレース。ちなみにセン馬も出走可能。
翌年のクラシック戦線を占う一線とよく言われるが、実際にこのレースの勝ち馬がダービーを勝ったケースは6度だけ。トキノミノル、メリーナイス、サクラチヨノオー、アイネスフウジン、ミホノブルボン、ナリタブライアン。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


朝日杯フューチュリティステークス(あさひはいふゅーちゅりてぃすてーくす)
朝日杯3歳ステークスが、2001年より馬齢表記が変更になったことに伴いレース名が変更になったもの。
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first entry : 2005/07/17


アメリカジョッキークラブカップ(あめりかじょっきーくらぶかっぷ)
中山競馬場の芝2200mで行なわれるJpnUレース。日米間の親善目的でニューヨークジョッキークラブから優勝カップを贈呈されたことがレース名の由来。外国馬4頭が出走可能な国際競走。
レース名が長ったらしいので、新聞などには「アメリカJCC」や「AJCC」と表記されることが多い。このレースは古馬中長距離路線でいまいちGTで活躍できないなどが出走するレースというイメージが強い。実力馬があまり参戦しないようなローテーションに組まれているためメンバーも手薄感が否めない。思い切ってGVに格下げしてみては?
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/17


有馬記念(ありまきねん)
日本中央競馬会2代目理事長・有馬頼寧中山競馬場の新スタンド完成を記念して提案した、日本初のファン投票により出走馬を選出する『中山グランプリ』('56年12月23日、中山・芝2600m)がその始まり。
ところが中山グランプリ開催から17日後に有馬理事長が急性肺炎のため急逝。氏を偲んで'57年からレース名が『有馬記念』に変更された。決して有馬温泉とは何の関係もない(関西の競馬ファンには今でも勘違いしてる人がいる)
第1回中山グランプリ終了後、有馬氏は「中山グランプリを東南アジアの国際レースとして開催したい」と語っている。外国馬は6頭が出走可能な国際競走となっているが、別に東南アジアに限られているわけではない。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/17


アルゼンチン共和国杯(あるぜんちんきょうわこくはい)
東京競馬場の芝2500mのコースで行なわれるJpnUレース。外国馬が5頭出走可能な国際競走。
第1回が行われたのは'63年で、当時は芝2300mの別定戦で、「アルゼンチンジョッキークラブカップ」という名前で開催された。その後、芝3200mや芝2600mなどの条件で開催された時期もあるが、'75年にレース名が現在の「アルゼンチン共和国杯」へ変更されたのを機に、芝2400mへと距離が変更された。現在と同じ2500mへ再び変更されたのは'81年で、3年後の'84年にハンデ戦に条件が改められた。
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first entry : 2005/07/24


アンタレスステークス(あんたれすすてーくす)
京都競馬場のダート1800mのコースで行なわれるGVレース。外国馬8頭が出走可能な国際競走。アンタレス(Antares)は蠍座の1等星のこと。
第1回が行われたのは'96年。阪神競馬場のダート1800mで実施されたものの、翌年から舞台を京都競馬場に移して行われている。当初はハンデ戦であったが、2003年からは別定重量戦に改められた。フェブラリーステークスからやや休養をおいてこのレースに臨むが多く、このあとは帝王賞に向かうケースが多い。
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first entry : 2005/07/24



<い>
該当項目なし

<う>
【浦和記念】
浦和記念(うらわきねん)
浦和競馬場のダート2000mで行われる交流JpnU。
第1回が行われたのは'80年。当時は南関東地区の重賞として親しまれていたが、'96年にJRAや他の地方競馬所属馬にも門戸を開放した。2004年からは定量ではなく、別定戦に変更されている。JBCクラシックジャパンカップダートに出られなかったが参戦するケースが多いが、レベルは決して低くない。
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first entry : 2005/07/24



<え>
【エーデルワイス賞】【NHK杯】【NHKマイルカップ】【エプソムカップ】【エリザベス女王杯】【エルムステークス】【エンプレス杯】
エーデルワイス賞(えーでるわいすしょう)
旭川競馬場の1600mで行なわれる2歳牝馬限定の交流JpnV。交流競走の中では最も早い時期に行われる2歳重賞
第1回が行われたのは'98年。当時は札幌競馬場のダート1700mで開催されていたが、第3回の2000年に門別競馬場のダート1800mへ変更し、2003年に距離を1200mへと短縮。2006年に旭川競馬場の1600mに舞台を変更した。ここで結果を出したは続く北海道2歳優駿全日本2歳優駿へと向かう。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/24


NHK杯(えぬえいちけーはい)
'95年まで東京競馬場で行われていたダービートライアルレース。NHKマイルカップ新設のために廃止された。
'75年のカブラヤオー以降20年にわたり、このレースの勝ち馬からダービー馬を輩出できなかったため、“NHK杯の勝ち馬はダービーを勝てない”というジンクスがあった。そのため晩年は実力馬の参戦がなく権利取りのために出走してくる二流馬ばかりが目立つようになっていたわけだが、それはそれで素晴らしいことだとNHKさんには胸を張って頂きたかった…。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/17


NHKマイルカップ(えぬえいちけーまいるかっぷ)
日本の競馬界は外国産馬外国馬に閉鎖的だという海外の批難をかわし、またトライアルレースなどではなく自前でGTレースをやりたいNHKのわがままを聞く形で作られたレース。
レース新設当時は、クラシックに出られない外国産馬のために作られたGTレースという性格を帯びていたが、2001年から外国産馬ダービーに出られるようになり、その後も段階的にクラシックレースが外国産馬に開放されたため、このレースがJpnTのグレードを付されている価値って3歳マイルチャンピオンを決めるレースということになるけど、そんなのあんまり意味ないように思うのだけど。
レース新設当時はクラシックに出られない外国産馬がこぞって出走したが、近年は外国産馬より内国産馬のほうが多く出走するようになった(第1回の1996年は外国産馬14頭だったが、2005年はたったの2頭)。これは質の高い外国産馬を購入する日本人がいなくなったから? というよりは、国内での若駒の育成技術が向上した⇒内国産馬の質が高くなったと見るのが妥当かも知れない。
ちなみに、初めの数年にわたり、このレースを中継するときのNHKのアナウンサーはレース名を言うとき、“NHK”の部分を妙に誇張して喋り、一方、同時刻に同じレースを放送しているフジテレビ『スーパー競馬』ではレース名を「マイルカップ」と言い、決して “NHK”の個所を言わなかった。恐らくフジテレビが最初に略して言い始めたのだろうが、フジテレビはNHKと張り合って一体何の得があるというのだろうか?
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/17


エプソムカップ(えぷそむかっぷ)
東京競馬場の芝1800mで実施されているGVレース。外国馬が9頭出走可能な国際競走。「エプソム」とは英国ダービーが行われているエプソム競馬場(Epsom)のこと。
第1回が行われたのは'84年。この前年に東京優駿が50回を迎えたことから、本家ダービーの舞台であるエプソム競馬場と東京競馬場とで姉妹提携が実現。これを記念して日本ではエプソムカップが実施されるようになり、逆にエプソム競馬場では東京トロフィーが行われるようになった。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/24


エリザベス女王杯(えりざべすじょおうはい)
“牝馬の菊花賞”として'70年に創設されたビクトリアカップが、'76年のエリザベス女王の来日を記念して『エリザベス女王杯』に改名された。ということになっているが、それなら'76年は『第7回エリザベス女王杯』というなるはずなのに、どういうわけかその時に回次数がリセットされて'76年は“第1回”となった。じゃ、有馬記念はどうなんだ?
'96年に古馬牝馬GTレースの新設を、という声がどこからか出た。そこでJRAは何を考えたか、これまで4歳(現馬齢表記で3歳)牝馬限定で行われてきたエリザベス女王杯を古馬に開放、代わりに4歳(現馬齢表記で3歳)牝馬GTとして秋華賞を新設するという変な番組改正を行なった。ちなみにこのときは回次数のリセットは行われなかった。毎度のことだが、JRAのやることはどうも分からん!
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


エルムステークス(えるむすてーくす)
札幌競馬場のダート1700mで行われているJpnVレース。「エルム」とはニレ科の広葉樹で「ハルニレ」とも呼ばれている木のことで札幌の象徴的な木。
第1回は'96年に函館競馬場のダート1700mで「シーサイドステークス」という名称で行なわれた。翌'97年に夏の北海道シリーズが札幌→函館の順から函館→札幌へと改められると名称を「エルムステークス」に変更、舞台を札幌競馬場のダート1700mに移し、現在に至っている。地方所属馬は上限4頭まで出走可能で、2001年には岩手のトーホウエンペラーが2着に入っている。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/24


エンプレス杯(えんぷれすはい)
川崎競馬場の2100mで行われている牝馬限定の交流JpnUで、サブタイトルはキヨフジ記念。キヨフジは川崎でデビュー後、中央に移籍して第12回('51年)優駿牝馬を制した
第1回が行われたのは'55年で、レース名は「キヨフジ記念」として実施。距離は第1回が1800mだったが、翌'56年に1700mへと短縮され、'58年には2000mへと延長されている。'91年に現在の「エンプレス杯」へと改称され、'95年に南関東以外の地方競馬所属馬やJRA馬に門戸を開いた。その'95年にこのレースを大差勝ちしたのがホクトベガ。これをきっかけにダートの女王へと君臨することになる。'98年に距離が2100mに。また2003年から施行日が7月から2月へと移行。
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first entry : 2005/07/24



<お>
【桜花賞】【オークス】【大阪杯】【オールカマー】
桜花賞(おうかしょう)
桜の咲く頃に行われる3歳牝馬クラシックの1戦目。第1回は'39年4月9日、中山競馬場・芝1800mで『中山四歳牝馬特別』として行われた(優勝は石毛彦次郎騎乗のソールレデイ)。その後は第5回('43年)まで中山競馬場で行われ、第6回('44年)は戦争のため東京競馬場で能力検定として開催。第7回('47年、京都競馬場・1600m)から『桜花賞』の名称で行われるようになり、今のように阪神競馬場で行われるようになったのは第10回('50年)から。
第17回('57年)武田文吾厩舎のミスオンワードが勝った頃から関西馬が勝ちだすようになり、今では関西馬が17連勝('87〜2003年)するなど関西馬優勢。
関西テレビの元アナウンサー・杉本清が初めて実況した大レースが第29回('69年)桜花賞。このとき氏はラップタイムを取り入れて実況した。前半のタイムがちょうど47秒なのを伝え、「これは追い込みが届くペースです」と実況した。当時ラップタイムを実況するのは画期的で、フジテレビの関係者が「関西の杉本は恐いヤツだ。あれでもし追い込みが届かなかったらどうするんだ」と言ったという。その後も氏は毎年ラップタイムを織り交ぜて実況していた。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


オークス(おーくす)
牝馬最後のクラシックレース。正式名称は優駿牝馬。戦前は10月に阪神競馬場で行われていたが、現在では5月頃にダービーと同距離同コースで行われる。
日本で行われるダービーは『日本ダービー』というのに、なぜかオークスは『日本オークス』とはいわない。
オークスは不思議と連覇が多い。3歳クラシックなのでもちろんの連覇はないが、騎手では島田功の3連覇(第33〜35回タケフブキ、ナスノチグサ、トウコウエルザ)、種牡馬としてはパーソロンの4連覇(第32〜35回カネヒムロ、以降前述の3頭)がある。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


大阪杯(おおさかはい)
阪神競馬場の芝2000mで行われているGUレース。外国馬が8頭出走可能な国際競走。天皇賞(春)や安田記念宝塚記念といった春の大レースを目指す有力馬が多く参戦する。
第1回が行われたのは'57年。当時は芝1800mのハンデ戦として実施されたが、徐々に距離が延長され、'72年以降は芝2000mで行われている。また、'73年からはハンデ戦から別定戦に改められたことにより実績馬も出走しやすくなった。
last update : 2007/04/30
first entry : 2005/07/24


オールカマー(おーるかまー)
中山競馬場の芝2200mで行われているGUレース。外国馬9頭が出走可能な国際競走。レース名の「All Comers」は「なんでもかかって来い」の意味。地方競馬の所属馬が挑戦できる数少ないレースとして、関係者の目標となるレースだったが現在では地方所属馬が出走できるレースが増加したため、その意味合いは薄れつつある。
第1回が行われたのは'55年。当時は芝2000mのハンデ戦として開催された。現在のように負担重量が別定となったのは'81年のこと。距離が2200mへと延長されたのは、それから3年後の'84年。'86年に地方競馬の所属馬に門戸が開かれるようになり、大井競馬場帝王賞、旭川競馬場のブリーダーズゴールドカップとともにJRAと地方競馬の所属馬との交流レースとして名を馳せた。'95年にGVからGUへと格上げされたのを契機に、外国馬の出走も可能となった。また現在は、地方所属馬が2着以内に入ると天皇賞(秋)への出走権が与えられる。
第37回('91年)のジョージモナークが優勝して以来、地方馬の優勝はない。なげかわしい限りである。
last update : 2005/07/24
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