「楡馬」版−競馬辞典

―― その他編 ――
last update : 07/08/04


<あ>
【唖】【アーニングインデックス】【アウトブリード】【青鹿毛】【青毛】【赤旗】【芦毛】【当て馬】【鐙】 【アングロアラブ】【鞍上】【鞍上強化】【安楽死】
(あ)
馬券を買ったの騎手が落馬したときや、人気馬が故障発生したときなどに観客が思わず発してしまう声。
第63回(2002)菊花賞で発走直後に1番人気ノーリーズンの武豊落馬。見ていた者全員が「唖…」と発した。その後、観客は一斉に怒号を揚げたが、紳士で冷静な筆者は怒声など揚げずに「ざまぁみろ」と言ってやった(単に武豊絡みの馬券を買ってなかっただけ)
last update : 2006/05/21
first entry : 2006/05/21


アーニングインデックス
種牡馬の優劣を判定するための一つの目安となる数値。(産駒の総収得賞金÷産駒の出走頭数)÷(出走馬総収得賞金÷総出走頭数)で求められる。値は1.00が平均で、高い数字ほど優秀となる。
この数値が高いからと鵜呑みにして失敗した例がある。ビワハヤヒデの父シャルードを輸入した話だ。ビワハヤヒデは持込馬で、当時の中央競馬ではシャルード産駒はビワハヤヒデただ1頭。しかも重賞を勝ちまくったものだからシャルードのアーニングインデックスは'93年39.50、'94年45.08、ととんでもなく高い数字となった。そこでシャルードを輸入してみたのだがまったくの鳴かず飛ばずだった。
この数値、野球の打率と同じで、1打数1安打で打率10割の打者がシーズンの首位打者にならないのと同じで、ある程度の出走頭数がいてこそ評価できる数値なのだ。ちなみにサンデーサイレンスは出走頭数が200〜500頭もいながら毎年のように2〜3を出したが、これこそが本当に評価できる数字である。
last update : 2006/05/21
first entry : 2006/05/21


アウトブリード
異系交配。
サラブレッドはその歴史が近親交配によって成り立っているので、完全なアウトブリードはあり得ない。したがってどこを境に“アウトブリード”というかは定義が色々あるが、一般には血統を5代前まで遡って同一祖先を持たなければアウトブリードとされる。
19世紀末から20世紀初頭にかけて、 St.Simon という種牡馬の血が大繁栄した。肌馬も St.Simon の血を持っていれば、掛け合わせる種牡馬もまた St.Simon の血を濃く持っていた。よって St.Simon のインブリードが濃く発生してしまい、ひ弱なばかりが生まれるようになった。結局、 St.Simon の血を持たないアウトブリード可能な種牡馬に時代を取って代わられた。どんなに一時代を築こうとも必ずアウトブリード可能な種牡馬に取って代わられるのである。 Northern Dancer も Mr.Prospector に取って代わられたように、日本でもサンデーサイレンス時代は何か別のアウトブリード可能な種牡馬に取って代わられるであろう。
last update : 2006/05/21
first entry : 2006/05/21


青鹿毛(あおかげ)
全身ほとんどに黒い被毛を持つが、眼および鼻の周辺、わき、ひばら等ごく一部に褐色部分を持つ。モガミ産駒やサンデーサイレンス産駒に多く見られるがそれほど多くはない。
last update : 2005/09/17
first entry : 2005/09/17


青毛(あおげ)
被毛・長毛ともに黒色のため、「青毛」というが実際は全身が黒い。軽種馬には比較的少なく、白毛を除いてはサラブレッドでは最も少ない。
last update : 2005/09/17
first entry : 2005/09/17


赤旗(あかはた)
マスコミの1つ。四大紙やスポーツ新聞、通信社などマスコミ各社がスポンサーになっている特別競走重賞競走は様々あるが、ここの新聞名を冠したレースはない。主義の問題だろうか。
発走時刻1分前に発走委員が発走台に上がって、発送準備開始を促すためにこの旗を振る。またカンパイの時もこの旗を振って合図する。
繋駕速歩競走のことを、発走合図に赤い旗を使っていたため、俗に「赤旗」と呼んでいた。
last update : 2006/05/26
first entry : 2006/05/26


芦毛(あしげ)
出生の時点では黒鹿毛っぽいが、加齢に伴って白い毛が混ざってくる毛色。競走馬としてデビューする頃はグレーで、引退して10歳頃を超えると段々白馬のようになる。競馬場の誘導馬や神社の神馬などの白馬は高齢の芦毛であることが普通である。
なぜ「あしげ」というかというと、かつて馬産は軍馬育成の目的下で行なわれていたが、白いは戦場において目立つため「悪し毛色」→「悪し毛」となり、「芦毛」の字があてられた、という説がある。
そんな事情のためか戦前競馬では芦毛の活躍馬は見当たらない。また「芦毛ダービー馬になれない」というジンクスがあったが、ウィナーズサークルが第56代ダービー馬に唯一輝いている。
なお、芦毛は両親のどちらかが芦毛でなければ生まれない。芦毛は最も上位の優性遺伝であり、芦毛遺伝子をホモに持つ親の場合(GG)、その産駒は必ず芦毛となる。この有名な種牡馬にメンデスがいた。メンデスは両親が芦毛で、両親からそれぞれ優性芦毛遺伝子を受け継いだらしく、メンデスの産駒は全て芦毛である。これを「メンデスの法則」という(「メンデルの法則」とかけたシャレ…)
ちなみに、前述の通り、芦毛は両親のどちらかが芦毛でなければ生まれない、と書いたが言い換えれば、血統を遡ればず〜っと芦毛のが続くことになる。そうやって辿ってみると面白いことに、全ての芦毛のの血統はオルコックアラビアン(1704年生まれ)というに辿り着くのだ。
last update : 2006/04/06
first entry : 2005/09/17


当て馬(あてうま)
牝馬の発情の有無を調べるために、仮にあてがう牡馬。試情馬。
通常はサラブレッドではない種のが使われるが、中には種牡馬でありながら種付け希望がなく当て馬にされるケースがある。ダービー天皇賞を勝ったようなが当て馬になっていると聞くと愕然とする。どうして日本は内国産種牡馬を大切にしようとしないのか。
last update : 2006/05/21
first entry : 2006/05/21


(あぶみ)
騎乗者が足を置くもの。
初めはに乗る時に足をかける道具として生まれ、次第に馬上での姿勢を安定させるためのものへと発展。馬上で槍や弓を使った戦いでの戦闘能力を高めるため一気に広がったのは紀元後のことと考えられている。鐙が発明される前までは騎乗者は足をブラブラさせながら乗っていた。
横山光輝の『三国志』には時代が紀元後3世紀とあって鐙がしっかり描かれているが、『項羽と劉邦』では紀元前3世紀とあって戦闘シーンなどを見てもに乗る人物の足元に鐙は描かれていない。
last update : 2006/05/25
first entry : 2006/05/25


アングロアラブ(あんぐろあらぶ、Anglo-Arabian)
の一種で、アラブとサラブレッドの混血種。もともとはフランスで生産が始められた。日本ではアングロアラブのことを単に「アラブ」と呼ぶが、アングロアラブと純血アラブ種は別モノである。
益田・兵庫で活躍した
ニホンカイユーノス
サラブレッドがスピードを追求するため虚弱体質であり、また気性が激しいものも多いため、それを解決するために頑丈で従順なアラブ種を混合することで、頑丈さと温厚な気性、そしてスピードを得ることができる。ただし、アングロアラブはアラブ血量が25%以上のものでないと認められない。25%未満のものはサラブレッド系種(いわゆる“サラ系”)となる。
戦前の日本において競馬は、軍需産業としてのの生産技術向上のために存在した。軍部ははじめサラブレッドの生産を奨励したが、1929年秋、サラブレッドはひ弱(繊細菲薄)であるとして、アングロアラブの生産も推奨するようになり、以降盛んに生産されるようになった。戦後は、戦災復興という名目で地方競馬場が数多く登場し、中央競馬と併せ、軍馬としての需要はなくなったにもかかわらず競走馬の需要は大きかった。サラブレッドよりも頑健でレース間隔が短くても能力を発揮することができ、また維持管理も比較的容易であるという特性から、在厩頭数が少なくても継続的に開催を行ないやすいため、盛んに生産が行なわれた。
生産頭数は1960年代初頭まではサラブレッド系を上回っていた。しかし、アラブ系競走はサラ系競走と比べて賞金が低く抑えられていた事、サラブレッドよりスピードが劣る事から、需要が薄れていった。1995年12月をもって中央競馬がアングロアラブの競走を廃止したのをきっかけとして、地方競馬においても廃止またはレース数の削減が相次ぎ、生産頭数は最盛期だった'72年の約4000頭から、'97年に約2000頭、2004年には約100頭、2005年にはわずか78頭にまで落ち込んだ。
現在アラブ系単独の競走は、名古屋競馬場、金沢競馬場、福山競馬場、高知競馬場、荒尾競馬場で施行されている(サラ系との混合レースを行なうケースもある)。また以前は兵庫県競馬(園田競馬場、姫路競馬場)、益田競馬場、福山競馬場は全レースをアラブ系競走で占めていた競馬場だったが、益田は競馬場そのものが休止(事実上の廃止)、兵庫は'99年にサラブレッドを導入しアラブを排した結果、アラブ系のみのレース編成が不可能となった。最後までアラブ系単独で競走を続けた福山もアングロアラブの生産頭数激減で将来的にレース編成に支障をきたすのが明白という理由で2005年12月からサラブレッド系の競走が実施されるようになった。
アラブの主な活躍馬には、中央競馬では、
  • タマツバキ … '45年生。75戦35勝(うち障害1戦1勝)。斤量80キロ以上を背負うこと21回、うち6勝した怪物。「タマツバキ記念」に名を残した
  • セイユウ … '54年生。49戦26勝(途中15連勝を含む)。'56・'57年最優秀アラブ。読売カップ2勝の他、サラブレッド相手に七夕賞福島記念セントライト記念に優勝。その功績を認められ'85年に顕彰馬に選出。「セイユウ記念」に名を残した
  • シュンエイ … '55年生。セイユウの全弟。27戦23勝(デビューから20連勝を達成。JRA最多連勝記録として今も残る)。'58年最優秀アラブ。読売カップ2勝、タマツバキ記念2勝。「シュンエイ記念」に名を残した
  • シゲルホームラン … '90年生。39戦18勝(うち地方10戦5勝)。'95年(つまり最後の)最優秀アラブ。セイユウ記念3連覇。
地方競馬では、
  • アサヒマロット … '67年生。父マロット、母タカラミヤ。49戦24勝。アラブ初の三冠馬
  • イナリトウザイ … '71年生。牝。父カリム、母タクマサル。19戦13勝(うち地方7戦6勝)。'73年最優秀アラブ。'99年NARグランプリ特別表彰。サラブレッド相手に東京盃レコード勝ち、その他にアラブダービー(大井)。「アラブの魔女」の異名をとった
    • キタノトウザイ … '76年生。父スカレー、母イナリトウザイ。5戦5勝(合計着差42馬身)。アラブジュニア
      • ミスターヨシゼン … '84年生。父キタノトウザイ、母ヨシゼン。25戦15勝。大井所属。全日本アラブ大賞典2勝、アラブダービー(大井)、アラブ王冠賞(大井)
        • ケイエスヨシゼン … '93年生。父ミスターヨシゼン、母ミスマルセイユー。64戦25勝。'96年NARグランプリ年度代表馬、アラブ系4歳最優秀馬。兵庫所属。史上2頭目の三冠馬。西日本アラブダービー、アラブ大賞典2勝、兵庫大賞典2勝など
        • タービュレンス … '94年生。父ミスターヨシゼン、母スマノプリンセス。84戦24勝。'96年NARグランプリアラブ系3歳最優秀馬。岩手→上山所属。東北アラブ3歳チャンピオン、全日本アラブ争覇、紫桐杯
      • オオヒエイ … '86年生。父キタノトウザイ、母ヒダカトップレディ。23戦16勝。大井所属。アラブダービー、アラブ王冠賞(大井)、全日本アラブ大賞典
    • タカラトウザイ … '77年生。父センジユ、母イナリトウザイ。船橋記念
    • カゼノトウザイ … '83年生。父スマノダイドウ、母イナリトウザイ。笠松所属。名古屋杯
    • イナリスター … '84年生。父エルシド、母イナリトウザイ。種牡馬
      • レッドコーラル … '92年生。牝。父イナリスター、母ホクトプライド。タマツバキ記念。兄弟にイチコウイナズマ(新潟アラブ大賞典、東北アラブ3歳チャンピオンなど34戦22勝)、ホクトエンペラー(全日本アラブ争覇)
  • トライバルセンプー … '77年生。父トライバルチーフ、母インターシュウホウ。13戦8勝。川崎所属。全日本アラブ優駿、アラブ王冠(大井)。種牡馬として3頭の全日本アラブ優駿優勝馬(アサリユウセンプー、ムサシボウホマレ、コウザンハヤヒデ)を出す
  • キタサンブルー … '84年生。父マルゼンスキー、母インターシュウホウ。種牡馬としてシゲルホームラン、2頭の全日本アラブ優駿優勝馬(イナズマガッサン、ダイメイゴッツ)を出す
  • シナノリンボー … '75年生。父タガミホマレ、母グレナヴァカ。26戦18勝(2着5回)。名古屋所属。アラブダービー、アラブ王冠(東海)、名古屋杯。名古屋競馬場1900mのレコードタイム(2分01秒5、'78/11/06)にその名を今も残す
    • カヅミネオン … '86年生。父シナノリンボー、母アオイマンナ。7戦7勝。名古屋所属。アラブダービー(笠松)、アラブ王冠(名古屋)。種牡馬として、サンデンビスタ(全日本アラブクイーンカップ、名古屋杯)、クロイチョキンバコ(全日本2歳アラブ優駿)を輩出
    • レオグリングリン … '87年生。父シナノリンボー、母スーパーシャトル。52戦31勝。上山所属。東北アラブダービー、東北アラブチャンピオン
      • マリンレオ … '96年生。父レオグリングリン、母アイノマリン。49戦40勝。2002・2003年NARグランプリアラブ系4歳以上最優秀馬。名古屋所属。全日本タマツバキ記念アラブ大賞典、セイユウ記念アラブグランプリ、名古屋杯など
    • トチノミネフジ … '90年生。父シナノリンボー、母カンダサカエ。20戦17勝(うち中央1戦0勝)。'93年NARグランプリアラブ系年度代表馬、'94年NARグランプリ年度代表馬、アラブ系5歳以上最優秀馬。アラブ王冠賞(大井)、全日本アラブ大賞典2勝、報知グランプリカップ。アラブ歴代最高獲得賞金2億6550万円
  • スマノダイドウ … '70年生。父ミトタカラ、母トキノメジロ。37戦21勝。佐賀→兵庫→大井所属。アラブダービー(大井)、銀盃。種牡馬として、4頭の全日本アラブ優駿優勝馬(ハギノニユーグリン、ダンデイダイドウ、オタルホーマー、コノミテイオー)を出す。父の父はタカクラヤマ(天皇賞)、母の父はメジロオー(東京優駿2着)
    • マルケンダイドウ … '77年生。父スマノダイドウ、母アマヒメ。八王子記念
      • アキヒロホマレ … '85年生。父マルケンダイドウ、母ビクトリアータイム。29戦18勝(うち地方1戦0勝)。'87〜'89年JRA最優秀アラブ。セイユウ記念、タマツバキ記念2勝。レコード勝ち7回
    • スマノヒット … '81年生。父スマノダイドウ、母ナカツヒット。56戦25勝。園田金盃2勝、六甲盃など
      • ピアホルテ … '89年生。牝。父スマノヒット、母キタノホルテ。32戦21勝。岩手所属。アラブ王冠(水沢)2勝、アラブ大賞典(水沢)、紫桐杯2勝
      • ヘイセイパウエル … '91年生。父スマノヒット、母スーパーマグマ。18戦15勝。'94年NARグランプリアラブ系4歳最優秀馬。名古屋所属。名古屋杯など。地元・名古屋では15戦15勝
        • フジナミスペシャル … '98年生。父ヘイセイパウエル、母スズノタイム。65戦11勝。2001年NARグランプリアラブ系3歳最優秀馬。福山所属。全日本アラブグランプリ、福山大賞典、福山桜花賞、福山菊花賞
      • フェイトスター … '92年生。牝。父スマノヒット、母ベストパフォーマー。38戦14勝。兵庫所属。全日本アラブクイーンカップ、広峰賞、摂津盃3連覇
      • タッカースカレー … '95年生。父スマノヒット、母ヒカリミススカレー。43戦17勝。兵庫所属。全日本アラブ優駿、菊水賞、フクパーク記念
      • サンクリント … 2000年生。父スマノヒット、母バコール。16戦10勝。兵庫→福山所属。兵庫アラブ優駿。全兄にサンバコール(六甲盃、西日本アラブダービー、兵庫大賞典)
    • ホマレブルショワ … '84年生。父スマノダイドウ、母ミスブルシヨワ。70戦25勝。兵庫→金沢所属。北国アラブチャンピオンなど重賞8勝、金沢に移籍後17連勝達成。'94年ファーストシーズンリーディングサイアー
      • ホマレショウハイ … '92年生。父ホマレブルショワ、母ミストウザイ。14戦11勝。'94年NARグランプリアラブ系3歳最優秀馬。船橋所属。全日本アラブ争覇、アラブダービー(大井)。母の母はイナリトウザイ
      • ホマレスターライツ … '96年生。父ホマレブルショワ、母ナカノフロルア。78戦33勝。'99年NARグランプリアラブ系4歳最優秀馬。全日本アラブ優駿、北日本アラブ優駿、北関東アラブチャンピオンなど
  • タイムライン … '69年生。父タガミホマレ、母リユウエイ。37戦21勝。船橋→兵庫→大井→兵庫所属。アラブダービー(大井)、摂津盃2勝、六甲盃、全日本アラブ大賞典、兵庫大賞典
    • コマツタイム … '78年生。父タイムライン、母ライジングサン。兵庫所属。全日本アラブ優駿、兵庫大賞典
    • ローゼンホーマ … '83年生。父タイムライン、母ヒダカローゼン。41戦34勝(2着6回、3着1回)。福山所属。全日本アラブ優駿、全日本アラブ大賞典、アラブ王冠(福山)、福山菊花賞、福山大賞典2勝。福山「ローゼンホーマ記念」に名を残す
    • コスモノーブル … '84年生。父タイムライン、母カワチアロー。62戦22勝。'91・'92年NARグランプリアラブ系年度代表馬。船橋所属。全日本アラブ大賞典2勝、報知グランプリカップ2勝
    • ヒロタイム … '86年生。牝。父タイムライン、母ゴールドリキエ。69戦10勝。セイユウ記念2勝
  • フォーモサボーイ … '79年生。父Forex、母Kashmirosa。輸入馬。8戦6勝(レコード勝ち3回)。父が純血アラブ、母がサラという稀有な50%アングロアラブ
    • フォーモサカウント … '87年生。父フォーモサボーイ、母ストックグレース。19戦9勝。船橋所属。南関東アラ二冠
    • カオリビジン … '91年生。牝。父フォーモサボーイ、母セトノカオリ。11戦8勝。兵庫所属。のじぎく賞、六甲盃、全日本アラブ優駿2着
    • ナイスフレンド … '91年生。父フォーモサボーイ、母オオクラダンサー。7戦7勝。大井所属。アラブダービー
    • ヤングメドウ … '94年生。父フォーモサボーイ、母ワイルドメドウ。32戦15勝。兵庫所属。全日本アラブ優駿
アングロアラブは「タフ」「頑健」といわれるが、それを示すにタマツバキ、タガミホマレ、ウズシオタローがいる。タマツバキは斤量80kg以上を背負うこと21回(83kgで勝ったこともあるが、これは日本競馬における最高負担重量勝利記録として残る)、途中に中1週でレースをするなどのタフさを現役時代に見せ、1980年に死去したが35年1ヶ月はシンザンに抜かれるまで軽種馬最長寿記録を誇った。タガミホマレはほとんどの競走で60kg以上を背負いながら73戦41勝、掲示板を外したのは1回だけと活躍、引退後は21年間の種牡馬生活で合計2907頭に、最も多い年で270頭に種付けした記録を持つ。ウズシオタローは益田で11年間に250戦(15勝)もこなし最多出走記録として現在も残る。
中央競馬がアラブ系競走を廃止したのは当時、地方との交流競走の必要性が叫ばれていたが、アングロアラブのレベルは中央より地方が圧倒的に高く、アラブ系の交流競走を行なうと中央が勝てないからいっそ廃止してからサラの交流競走を始めるべきだ、という理由だったと言われている。なんともケツの穴の小さいことだ。
last update : 2006/05/05
first entry : 2006/05/05


鞍上(あんじょう)
書いて字のごとく、「鞍の上にいる人」のこと。だから必ずしも騎手とは限らない。調教助手なんかも当てはまる。
ちなみに筆者はこの「鞍上」という言葉があまり好きではない。いや、正確には、レースの実況で使われるのを好まない。というのも、騎手はペースを判断したり位置取りやの息遣いを気にしたりとレース中には色々としている。しかも命を張って乗っているのである。ただ鞍の上にちょこんと乗っかっているだけではない。ただ鞍の上にちょこんと乗っかっていればいいのであればシロウトの筆者でもできる。騎手に敬意を払ってレースでの実況では「鞍上」という表現はやめていただき、「騎乗」という表現を使っていただきたい。
last update : 2005/07/24
first entry : 2005/07/24


鞍上強化(あんじょうきょうか)
より腕の良い騎手に変更すること。レースはよく「馬7人3」と言われるように騎手にも左右される。騎手にももちろん腕の良し悪しがあるわけで、腕のあまりヨロシクナイ騎手で結果が出なければ当然腕の良い騎手に替えられてしまう。
だからといって全ての鞍上強化がプラス材料なわけではなく、テン乗りのケースもあるわけで、それは決してプラス材料とは限らない。
すこし前になるが、有名な鞍上強化といえば、'98年のセイウンスカイ(徳吉孝士(弥生賞2着)→横山典弘(皐月賞1着))、 同年ファレノプシス(石山繁(チューリップ賞4着)武豊(桜花賞1着))や '93年のビワハヤヒデ(岸滋彦(共同通信杯4歳S2着)岡部幸雄(若葉賞1着、皐月賞2着))などがある。しかしいずれもそのままの騎手で本番に臨んでもらいたかったと思うのは筆者だけだろうか。
last update : 2005/07/24
first entry : 2005/07/24


安楽死(あんらくし)
治る見込みがないほどの故障や病気になったを必要以上に苦しませないために死なせること。
故障がひどい場合ははケガの痛みで、それはもう見ていられないほど苦しみ暴れるのだそうだ。安楽死の方法は2通りある。があまり暴れないようであれば2ステップ法といって、1ステップ目に鎮静剤と麻酔薬を混合したものを打つ。これで痛みが取れて眠る。次に2ステップ目として筋肉弛緩剤を打ち、呼吸に使われる筋肉を緩ませて呼吸を停止させる。もう一つの方法はが立てないほどの重傷を負っている場合で、麻酔薬と筋肉弛緩剤を同時に打つもの。どちらもは眠るように死ぬ。
重度とは言え骨折などしたなら手術して治してやればいいではないか、という意見もあるだろう。人間は重度の骨折で安楽死されることはない。しかし人間とでは全然違うのである。まず、人間でもそうだが脚を骨折したら何の支えもなしに立たせたままにすることはできない。の場合手術したら寝たきりにすることになる。すると床ずれができてしまい、感染症を引き起こす。そうでなくても、に限らず草食動物は腸が非常に長く、立ち上がれなくなると自重でその長い腸を圧迫して鼓張症(内臓にガスがたまる病気)で死んでしまう。仮にうまく立たせることができたとしても、自身が骨折した脚をかばい、残りの3本の脚に負担をかけてしまい、今度は健全な脚が蹄葉炎(簡単にいうと蹄が腐ってしまう病気)にかかってしまう。つまりどうやってもを死なせるか別の苦しみを味わわせるだけのことなのだ。
故障したテンポイント
重度の故障したを安楽死させないで生かせようとした例はある。テンポイントやサクラスターオーだ。どちらもその場で予後不良と診断されたが、関係者が競走馬としてダメでも種牡馬として生かしたい、と願い出て治療することになった。どちらも手術は成功した。しかし両馬ともその後の厩舎での闘病生活で見た目にもひどく痩せて衰弱した。テンポイントは飼葉桶を変形するまでくわえて痛みに耐えていたという。そこまでしてを苦しめる必要があるのか、と倫理的な問題にまで発展したことから、テンポイントは故障してから42日後、サクラスターオーは137日後に安楽死された。
last update : 2006/05/08
first entry : 2006/05/08



<い>
【1馬】【一般競走】【インブリード】
1馬(いちうま)
競馬予想紙。'66年創立で東日本シェア1位を誇る。2つ折り全8面で400円。コンピュータ予想の先駆け。モットーは「新しいニーズに合わせた紙面構成」。看板予想家は清水成駿。
last update : 2005/07/24
first entry : 2005/07/24


一般競走(いっぱんきょうそう)
「○歳新馬」「○歳未勝利」をはじめ、「○歳□□万円以下」など、固有の名前を付されていないレース。「平場」とも言う。
斤量が定められた特別競走と違い、見習騎手減量が適用されるため、特別競走ではなく、わざわざ一般競走を使う調教師もいる。また見習騎手にとっては騎乗機会を得やすいレースとも言える。なお、賞金特別競走に比べて低い。また、ハンデ戦はない。
last update : 2006/10/01
first entry : 2006/10/01


インブリード
近親交配。血統の5代前までに同一の祖先を持つ配合のこと。良質な劣性遺伝子をホモ化して特定の能力を固定する目的で意識的に行なわれる。
インブリードされる血によって産駒の能力に違いがあると言われている。 Nasrullah のインブリードを持つは豊富なスピードを有するが気性難になりがち、とか、 Hyperion のインブリードを持つは勝負強いとか。
「Northern Dancer の 3×4 のインブリード」というと、3代前と4代前に Northern Dancer が入っていることを示す。「Northern Dancer の 5×5×5 」ならば5代前に Northern Dancer が3回入っていることになる。
特に「3×4 のインブリード」を「奇跡の血量18.75%」と言う。これで成功した有名な例に、トキノミノル(The Tetrarch の3×4)トウショウボーイ(Hyperion の3×4)がある。
普通は種牡馬のインブリードばかりに目がいきがちだが、海外では名牝のインブリードこそ成功しやすいと言われている。日本でも Northern Dancer の血を持つ牝馬とサンデーサイレンス系種牡馬を掛け合わせれば、 Halo (サンデーサイレンスの父)の母 Cosmah と、 Northern Dancer の母 Natalma を産んだ Almahmoud のインブリードが発生する。他にも有名なところではノーザンテーストが2代母 Lady Angela ( Nearctic の母)の3×2を持っている。
しかしインブリードは体質的に弱いや気性的に問題のあるが出やすいことから日本ではインブリードを避けてアウトブリードを図るほうが多い。
last update : 2006/05/21
first entry : 2006/05/21



<う>
【馬】【馬単】【馬主】【馬優先主義】【馬連】
(うま)
哺乳類奇蹄目の動物。
最古のウマと呼ばれるのは約5000万年前の始新世時代に登場したヒラコテリウム(エオヒップス)。ヒラコテリウムは指が前脚に4本、後脚に3本あり、体はキツネぐらいの大きさで、現代のウマとは比べものにならないくらい小さな動物だった。それから進化し、約500万年前に現れたプリオヒップスが蹄が1本指となり、顔も面長となり、現代のウマに近くなる。
奇蹄目とは上記で触れた通り、もともとあった5本指が1本または3本(奇数)の蹄に変化した動物のことをいう(ウマやサイなどが代表的)。蹄が2本に分かれている偶蹄目(ウシやシカが代表的)は蹄の中央に境目があるため左右に分かれて、崖や岩場もグッと掴むことが出来る。かたや奇蹄目にはそんな芸当ができず、走るのに適した平地向きの脚である。というわけで、その昔、源義経がひよどり越えで、崖を軽々と駆け下る鹿を見て「鹿に出来て、馬に出来ないことがあろうか! ものども続け!」などとやったのは、かなりアブナイ勘違いで、成功したのは「単に運が良かったから」なのであった。
競馬予想紙。'27年創業という老舗。2つ折り全8面で410円。モットーは「熟練トラックマンの丁寧で細かい取材」。看板予想家は井崎脩五郎、丹下日出夫。
last update : 2007/04/19
first entry : 2005/07/24


馬単(うまたん)
1着→2着の馬番号を着順どおりに当てる馬券。JRAでは2002年6月から「三連複」とともに発売された。
'98年から馬券売上低迷に苦しむJRAが競馬ファンの射幸心をあおり売上向上を図って発売した。しかし売上向上には繋がらず、後にJRAは最後の手として「三連単」を発売することになる。
着順どおりに当てる必要がある分だけ、馬連に比べると2倍難しい。オッズは当然2倍となるべきだが、そうでないこともしばしば。ここに注意して馬券を選択するべきである。例えば「5→1」という馬単のオッズが8.0倍で、馬連「1−5」が5.0倍だとしよう。このとき、馬単「5→1」を100円買うより馬連「1−5」を200円買うほうが期待値がデカい(この場合、馬連のほうが2倍当たりやすい上に200円多く配当金を得られる)。馬単や三連単が登場してからというもの、馬券は確率論で買うべきものになってしまった。
last update 2006/05/03
first entry : 2006/05/03


馬主(うまぬし)
競走馬を所有する人、法人。オーナー。
自分はカネを出している立場だから、調教師や騎手ひいては競馬会すら意のままになると錯覚している人物。
ファンが馬券にカネを投じるから競馬が成り立っているのに、自分たちがにカネをかけているから競馬が成り立っていると錯覚している人物。
last update : 2006/05/22
first entry : 2006/05/22


馬優先主義(うまゆうせんしゅぎ)
岡部幸雄のポリシー。
のことを第一に考えろ」という主義主張。岡部がこれを唱え出した頃は全く受け入れられなかった。この主張に同調した藤沢和雄調教師がリーディングトレーナーを獲った頃から競馬サークル内に浸透。日本の競馬は農林水産省の監督下にある限り「お役人優先主義」「金銭優先主義」であり、真の「馬優先主義」など到底有り得ないと思われる。
last update : 2006/05/27
first entry : 2006/05/27


馬連(うまれん)
1着と2着になるの馬番号の組み合わせを当てる馬券。組み合わせとして当たっていれば、1着と2着の着順は関係ない。1991年8月から発売された。
単枠指定の弊害を解消するために作られた馬券で、もともとは射幸心をあおるものではなかった。馬連が登場するまでの連勝式馬券といえば枠連しかなく、万馬券など滅多にないものであった。しかし馬連が導入されると万馬券がたびたび現れるようになり、馬券売上の主力となった。
正式名称は「普通馬番号二連勝複式」。わざわざ「普通」と付けるのは「ワイド」と区別するため。そのため、地方競馬では「普通馬複」と呼ぶところもある。また、競艇やオートレースは単に「二連複」と呼び、競輪は「二車複」と呼ぶ。
last update : 2006/05/03
first entry : 2006/05/03



<え>
該当項目なし

<お>
【おい!】【追い込み】【大井競馬場】【大阪競馬場】【オーナートレーナー】【オーナーブリーダー】【桶狭間ポイント】【オッズ】 【親子どんぶり】
おい!
オリビエ・ペリエが最初に覚えた日本語。
レース中に脚のあがったが邪魔でどいて欲しい時に騎手が「どけ!」と言うが、外国人騎手がそれに相当する言葉を英語やフランス語で言っても聞いてはもらえない。ペリエも最初はそこで苦労したようだが、「おい!」と日本語のイントネーションで怒鳴ってみると前が開いたという。それから彼の目覚しい活躍が始まった。
last update : 2006/06/07
first entry : 2006/06/07


追い込み(おいこみ)
レース戦術の1つ。レース中盤まではずっと集団の後方を走り、ゴール直前の直線に差し掛かってから一気に前のを捕らえるような戦い方のこと。
追い込みは集団の後方、場合によってはシンガリを走るため、最後になって一気に挽回できるような強烈な瞬発力を持っていることが必須条件になる。仕掛けのタイミングを誤った場合、全てのを抜き去る前にゴールに到達してしまうため、騎手の判断も重要になる。騎手は馬を追い込ませるが、自分が精神的に追い込まれないことが肝要。
この戦法を好んで使う騎手に横山典弘がいる。彼は集団から大きくポツンと1頭離してレースを進め、追い込み届かず2着になるのが得意である。いつも同じ手で2着までしかこれないのだから、いい加減学習してもらいたいものである。今までで一番大きく集団から離して乗ったのは第118回('98年)天皇賞(秋)のローゼンカバリーだろう。サイレンススズカ必勝と言われてたためか、馬群から1ハロンくらい後方というヤル気のないレース。しかしサイレンススズカがパンクした途端慌てて追い出す横山典弘。しかしさすがに離し過ぎてて1頭かわすのがやっとの10着。あのときの横山の慌てっぷりは見ものである。
last update : 2005/07/24
first entry : 2005/07/24


大井競馬場(おおいけいばじょう)
東京都品川区にある競馬場で、特別区競馬組合という組織が運営している。所在地:東京都品川区勝島2-1-2。
大井名物、生ファンファーレ
コースは右回りで内・外の2コースを擁する。1周の長さは内回りが1400m、外回りが1600m。直線の長さは内回りが286m、外回りが386m。どうしても的場文男騎手のイメージが強いためか、スタートして先行集団に取り付き、4コーナーで好位にいないとなかなか勝てないコースのようだ。
主なレースは帝王賞東京大賞典ジャパンダートダービーなど交流GTをはじめ、東京盃TCK女王盃に、東京ダービーや羽田盃、大井記念など各種主要レースが行なわれる。
春から秋にかけては夜間にレースを開催する「トゥインクルレース」となり、会社帰りのサラリーマンやOLの姿も多く見受けられる。またトゥインクルレース期間中は東京MXテレビで生中継される。最近は東京シティ競馬(=Tokyo City Keiba, TCK)などと小ジャレた名称を使っている。また、発売されている馬券は、単勝・複勝・枠連・馬連ワイド・枠単・馬単3連複3連単の9種類と充実。特に3連単は高額配当が続いており、2005年5月13日には地方競馬最高の1300万0390円が出た。
last update : 2006/03/27
first entry : 2006/03/27


大阪競馬場(おおさかけいばじょう)
現在の大阪市東住吉区にかつて存在した地方競馬の競馬場。別名は「長居競馬場」。戦災復興を目的とした競馬開催のために'48年に開設された。主催者は大阪府と、大阪府下の17都市による大阪府都市競馬組合。しかし競輪ブームの中で売上が振るわず、'56年に大阪府が、次いで'59年に他市も開催を取り止めたために廃止となった。その3年後には隣接していた大阪中央競輪場も廃止となり、ともに長居公園として整備された。
X字の障害コースを擁するが、障害コースの一方のカーブ部分が本馬場とは別になっているのが春木競馬場宮崎競馬場と異なり特徴的と言える。スタンドは2つあった。競馬場の隣には大阪中央競輪場があり、その間に厩舎と思しき建物が並んでいるが、やけに数が少ない気がする。この規模だとはそんなに多くなかったのか、それとも厩舎が他にあったのか。
last update : 2007/01/07
first entry : 2007/01/07


オーナートレーナー
馬主であり調教師でもある人。日本では調教師は馬主になれないので存在しない。
誰に文句を言われるでもなく自分の裁量で調教でき、勝っても負けても自分の責任、負けて登録料がパァになっても文句は言われないし、勝てば賞金がそっくり自分に入る。もちろん調教師と馬主の対立なんてこともありえない。合理的で良いと思うのだけど、日本では認められていない。
日本でかつて、半ばオーナートレーナーを実践した人物がいた。シンボリルドルフの馬主・和田共弘氏だ。和田氏はを千葉にあるシンボリ牧場のウッドチップコースで調教しては、(内厩制度に従うために)レース10日前に入厩させてレースに使い、レースが終わればまたシンボリ牧場に戻す、ということをしていた。 シンボリルドルフも同様で、調教師の野平祐二はシンボリ牧場までかけつけて調教をつけていたが、日頃は和田氏のスタッフが調教をつけており、陰では「レースの10日前から預かるだけで、1億円に及ぶ1着賞金の10%を持っていく。野平はいい気なもんだ」と言われた。
last update : 2006/05/22
first entry : 2006/05/22


オーナーブリーダー
馬主であり生産者でもある人。
もとは生産者で、を他人に売らずに自分で所有して走らせるケースが多くを占めるが、馬主からスタートして、より良いを安く手に入れる目的で生産牧場を持つケースもある。後者で有名なのがメジロ牧場。
last update : 2006/05/22
first entry : 2006/05/22


桶狭間ポイント(おけはざまぽいんと)
中京開催でお馴染みの吉村功アナ(東海テレビ)いわく、中京競馬場の芝2000mの3コーナーがその“桶狭間ポイント”なのだそうだ。吉村アナは実況でこれを言うとき「桶狭間イントでありますっ!」と、やたら“ポ”に力が入っていた。どうやらこのネーミングに恥じらいというものがないらしい。
last update : 2005/07/17
first entry : 2005/07/17


オッズ
馬券が的中した際に賭け金が何倍になって戻ってくるかを示した数字。たびたび人心を惑わしたり、人心を映し出したりする。
日本はパリミュチュエル方式を採用しており、その計算方法は配当率の項に示した通りで、オッズからおおよその支持率が分かる。単勝式のオッズは出走各馬の人気を示す指標として使われる。日本の競馬でオッズが発表されるようになったのは1964年のこと。
日本では100円を1として、その倍数によって表示される。「6.5」とあれば、100円が650円になって払い戻されることを意味する。一方、海外のブックメーカーでは「4-1」といった表記となる。これは「100円を賭けたなら貴方の取り分は(400+100)円ですよ」という意味になる。詳しくはブックメーカー方式の項を参照のこと。
last update : 2007/08/04
first entry : 2007/08/04


親子どんぶり(おやこどんぶり)
鶏肉を玉子で綴じてご飯に盛った料理。ネーミングは鶏肉と玉子が“親子の関係”だから。ということは、鮭とイクラの丼も親子どんぶり。ニシンと数の子でもそうだけど、そんな料理聞いたことねぇな…。
同一馬主、もしくは同一厩舎のが1着、2着に入ること。「○○の親子どんぶり」または単に「○○どんぶり」という。
第40回('79)菊花賞は1着にハシハーミット、2着にハシクランツが入った。馬主はともに「(株)シンザンクラブ」、厩舎はともに内藤繁春厩舎。シンザンクラブどんぶり・内藤繁どんぶりとなった。
last update : 2006/05/07
first entry : 2006/05/07




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