「楡馬」版−競馬辞典

―― 人物編 ――
last update : 07/04/21


<ま>
【増沢末夫】【増沢由貴子】【松永幹夫】【的場均】【的場文男】
増沢末夫(ますざわ すえお) (1937- )
名曲『さらばハイセイコー』を50万枚ヒットさせ、「11PM」などで歌った歌手。
JRA初の2000勝達成、'67・'86年東京優駿優勝、'81・'82年最多勝などした騎手(現調教師)。2016勝。ダービー最年長制覇の記録保持者。
日本競馬始まって以来のスターホース・ハイセイコーの中央転厩以降の全レースに騎乗。とにかく逃げさせたら右に出るものはなく、逃げの名所・福島競馬場はほぼ彼のホームタウンと化し、福島開催には殆ど参戦していた。ハイセイコーに跨りニコやかに笑う「まっさん」の写真が飾られるなど、福島競馬場の象徴。
last update : 2005/07/16
first enty : 2005/07/16


増沢由貴子(ますざわ ゆきこ) (1978- )
JRA初の女性騎手を送り出した競馬学校12期生の1人。旧姓・牧原。
'96年3月17日の中山5R、アラビアンナイトでJRA女性騎手初勝利を果たした。'97年にはJRA女性騎手初の年間2ケタ勝利、の記録も作るくらいにそこそこ勝ってはいる。
JRA女性騎手中では最多勝。しかし'99年は一切騎乗なく全休。そのときは、もしかして産休?という噂(相手は師匠増沢末夫の息子で、そろそろ寿退社なんて話も…)まで飛び交った。ちなみに同期の女性騎手だった田村真来とは仲が悪いらしい。
2006年2月14日、師匠増沢末夫の長男と挙式、姓も「牧原」から「増沢」に変えて騎手続行を選んだ。どうやらダンナが調教師試験に合格して開業するまで続けるつもりらしい。
last update : 2006/05/24
first enty : 2005/07/16


松永幹夫(まつなが みきお) (1967- )
牝馬でしかGTを勝てなかった騎手。通算12416戦1400勝(うち重賞54勝)。通称「ミッキー」。
第132回天皇賞(秋)を制して天皇・皇后に一礼する
松永幹夫
桜花賞('97年キョウエイマーチ、2000年チアズグレイス)優駿牝馬('91年イソノルーブル)秋華賞('96年ファビラスラフィン)エリザベス女王杯(2000年ファレノプシス) を勝利し、牝馬GTパーフェクトにリーチをかけたが、阪神ジュベナイルフィリーズを勝つには至らなかった。ちなみに、初勝利は牝馬、重賞初勝利も牝馬であった。
2005年10月30日、天皇賞(秋)で優勝。初めて牡牝混合GTを優勝したのだが、乗っていたのは牝馬のヘヴンリーロマンス。やっぱり牝馬でしかGTを勝てない松永幹夫だった。ちなみにこのときはエンペラーズカップ開催100周年ということで106年ぶりの天覧競馬。レースを終わってウイニングランをしてスタンド前に帰ってきた彼は貴賓席のあるスタンドの前でを止めヘルメットを取って一礼。まるでナイトのようでなんともカッコ良かった。
2006年に調教師試験を合格して騎手引退。引退の日に重賞勝利し、引退レースで節目の1400勝を達成して有終の美を飾れたことに対し、「競馬の神様が降りてきましたね」という名言を残した。
last update : 2007/04/21
first enty : 2005/07/16


的場均(まとば ひとし) (1957- )
皐月賞菊花賞優駿牝馬天皇賞(春)、有馬記念などを勝っているのに今一つ地味だった騎手。勿論それがいけないとは言わない。最近の若手の目立ちたがりの傾向を考えれば、あの落ち着き、おとなしさはむしろ素晴らしかった。2001年2月、調教師転身のため騎手引退。通算1440勝。
ただ、この人に関していつも違和感を感じることがあった。1つは力の抜けた喋り。勝利騎手インタビューとか聞くと「朝メシ喰うたんかい!?」と聞きたくなるような力の抜けっぷり。もう1つはに跨るとパドックや地下馬道など必ず吹く口笛。競馬場で口笛が聞こえたら、的場のものと思ってまず差し支えなかった。とにかくどのに乗っても吹く。アレが通算1400勝の原動力だったとでもいうのか?
ちなみに歌がバツグンに巧いらしく、さだまさし作詞作曲の『ひとりぽっちのダービー』という歌を出している。ダービーは勝ってないんですけどねぇ。
last update : 2005/07/16
first enty : 2005/07/16


的場文男(まとば ふみお) (1956- )
'86年から毎年南関東リーディングの3位か2位に入りながらなかなか1位がとれずにいたが、2002年、遂に石崎隆之の牙城を突き崩し念願のリーディングそして全国リーディングに。2003年も全国リーディングを獲得。通称「的文」。
2002年4000勝達成。2003年20000回騎乗達成。2006年5000勝達成。主な勝鞍は 羽田盃(ブルーファミリー、ナイキジャガー、ゴールドヘッド他)帝王賞(ハシルショウグン、コンサートボーイ)東京大賞典(カウンテスアツプ) などその他多数。
しかし、これだけ多くの勝ち鞍を挙げていながら、的文をしてどうしても獲れないレースがある。東京ダービーである。2006年、17度目の挑戦も勝利ならず。2着8回という成績がなんとももどかしい。ほとんど「南関の柴田政人」状態である。
last update : 2007/04/21
first enty : 2005/07/16



<み>
【南井克巳】【宮下瞳】
南井克巳(みない かつみ) (1953- )
通算1527勝、GT16勝を挙げた騎手('99年引退、現調教師)。'94年東京優駿優勝騎手。'94年三冠馬ナリタブライアンの主戦騎手としても有名。南井大志騎手は長男。
年間GT5勝という記録を初めて達成した騎手。といってもそのうちの4勝はナリタブライアンだから殆ど反則みたいなもの。通算GT16勝のうち、タマモクロスとナリタブライアンを合わせて丁度半分を占める。
「剛腕」という言葉があてはまる最後の騎手だろう。それが顕著だったのがオグリキャップとのコンビ。'89年マイルチャンピオンシップで絶望的な位置取りから差し切り。連闘で臨んだジャパンカップではホーリックスと壮絶な叩き合いでクビ差2着ながら世界レコードの激走。ともに南井の豪腕が後押ししたものだった。
last update : 2007/04/20
first enty : 2005/07/16


宮下瞳(みやした ひとみ) (1977- )
名古屋競馬場所属の女性騎手。本名は小山瞳。名古屋競馬振興協議会PRジョッキーを務めた経歴あり。
351勝を挙げて表彰される
宮下騎手
2005年7月18日、名古屋競馬第1レースでアジャイルスーパー号に騎乗し1着となり、吉岡牧子騎手(益田)が持っていた日本女性騎手最多勝利350勝を更新する351勝目を挙げた(4713戦目)。同年4月23日には女性騎手初の3連勝も達成。'95年10月のデビューからまだ10年と経っていないだけに、今後の活躍如何では最長不倒な女性騎手記録を作るものと期待される。
ちなみに彼女は2004年に入籍している。お相手は同じ名古屋競馬の小山信行騎手。小山騎手の方が宮下騎手より9歳年上なのだが、彼の通算勝利数は宮下騎手が女性最多勝利記録を更新した時点で297。実力、実績、そして人気ともに嫁さんより格下。小山騎手の心中は如何なものでしょう?
last update : 2005/07/18
first enty : 2005/07/18



<む>
該当項目なし

<め>
該当項目なし

<も>
【森安輝正】
森安輝正(もりやす てるまさ) (1959- )
旧姓・菅沼。第40回('90)カブトヤマ記念(ヒダカハヤト)、第53回('82)東京障害特別(イチエイボーイ)、第58回('84)東京障害特別(テイオージャ)重賞3勝している騎手。2002年引退。通算112勝。
かつて放送されていた『さんまのナンでもダービー』によく出演しては、棒にぶら下がったり、ポニーを調教してレースカーと競走してみたり…。一体どっちが本職なのか分からない状況になりかけていた頃に番組が終了。以来ほとんどレースで彼を見かけなくなってしまった。どうやら番組の方が本職だったらしい。
last update : 2005/07/16
first enty : 2005/07/16




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